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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 2
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大波濤(だいはとう)

 非番の米十こめじゅう達が寝ていた。急に体が転がりだして、どこかにぶつかる。その衝撃で目が覚める。“なんだ、なにが”と思ったところで、何かが上にかぶさってきた。金太郎と熊五郎のうめき声がする。

 二人が米十の上に乗っているらしい。やみくもに体を動かして、抜け出そうとする。夜半直やはんちょくなので、午前〇時から四時の間なのだが、中甲板上にはランプもカンテラもないので、真っ暗闇だ。


 そうしているうちに、甲板が傾き、立ち止まっていられなくなる。米十が暗闇で手を振り回して、捕まるところを探すが、空を切るばかりだ。

 甲板に止まっていられなくなり、闇の中で滑り出す。手を甲板に押し付けて留まろうとするが、無駄だった。中甲板の船首か船尾、どちらかにたどり着き、止まる。何か所か打ち身をしたようだ。


 米十のかたわらで、扉が開きカンテラの灯りが射す。

「右舷班、大丈夫か」右舷班長の声だ。 応答のような、うめき声のような声があちこちであがる。


「皆、手近のチェストを開けて、十字帯じゅうじたい鉤縄かぎなわを装着しろ。他人の箱でもかまわない。非常時だ。大嵐だ」

 十字帯とは両肩と両腿りょうももの付け根に装着するロープの事だ。上下が十字形に繋がっていて、交差する胸の所に鉤縄を付ける輪がある。

 鉤縄の一方を十字帯に着け、反対側を梯子や巻上機キャプスタンに取り付ければ、甲板が傾いても、停止していられる。


 各自、班長の持つ灯りをたよりに、手近の箱を探り、十字帯と鉤縄を装着する、また甲板が傾き始める。

 米十も、箱を探して十字帯と鉤縄を取り出す。箱は甲板隅に固定されているので、転がりだすことは無い。


 なんとか十字帯を取り付けて、鉤縄を付ける場所を探すが、甲板の傾きに足が耐えられなくなった。滑り出し、巻上機にぶつかって止まる。かろうじて、巻上機の後ろにある格子蓋こうしぶたに鉤を止めることができた。


 班長は、船尾楼下の部屋から中甲板にカンテラを差し出している。

 米十が鉤を差し込んだ格子蓋は、前檣フォア・マスト近くにあるので、周囲はほとんど見えない。


「全員、体を固定したか。固定がまだな者は声を上げろ」声は上がらなかった。

「よし、では状況を説明する。本艦は強い嵐の中に入った。風速が、さっき三十メートルを超えた。いきなり十メートルも増えたんだ」

 三十メートルを超えたといわれて、船員達がうなり声をあげた。米十達、開拓団員は実感がわかない。

「現在は夜半直の七点鐘だが、朝直は上甲板には出ない。我々は船尾楼下の船室で待機することになる」

「すでに上甲板での作業は不可能だ。かろうじて可能なのは船尾楼上で後檣ミズン・マストを操作することだけだ。なので、我々は船尾楼下で当直の間待機する。朝直開始前に、俺のいるこの扉付近に近寄り、待機すること。わかったか」

 あちこちで、おうっ、という声が聞こえるが、いつもの威勢いせいはない。

「甲板上の作業では、十字帯と鉤縄を使うことになる。それぞれの帯と縄をお互いに確認しておくことだ。もしそれらが切れたら海に叩き込まれることになる。死にたくなければ、よく確認しておけ、いいな」


 班長がカンテラを扉付近の船員に渡して扉を閉めた。

“風速三十メートルって、外はどうなっているんだ”米十が思った。その時、上甲板に続く格子蓋から海水が流れ込んで、米十の周りに降り注いだ。




 朝直あさちょくが始まり、一時間程が過ぎた。あたりが明るくなり始める。

 船尾楼では、艦長の金口三郎が立っていた。後檣ミズン・マストに鉤縄で自らの体を縛り付けて当直にあたっている。

 艦の針路が風下かられそうになるたびに、下にいる舵手に修正を指示している。


 三郎は、自分の見ているものが信じられなかった。彼の艦の周りには巨大な波がうねっていた。その高さは十五メートルを超えるだろう。

 波のいただきと、次の頂の間は、三十メートルほどもあろうか。彼の艦は、後ろから来る波に、次々と追い越されていく。そのたびに十五メートルの上昇と下降を繰り返す。


 例えて言うと、五階建てのビルから、正面の四車線道路に向かって下り、向かいにある同じような高さのビルに駆けあがる。それを延々と繰り返しているようなものだ。

 しかも三郎は後ろ向きにその運動をしている。

 艦尾から艦首に向かって波が動いているからだ。その動きだけでも吐き気がする。


 さらに明るくなってくる。

 波の頂が、風により吹き飛ばされ、長い水煙みずけむりを引いている。その間に見える海面は一面に白い泡で覆われていた。

 ものすごい風が吹いていて、聴覚はあまり役に立たない。


 その時だった、鈍くなった聴覚にもはっきりとした破裂音が聞こえる。なんだ、と思って前を見ると、一つだけげていた前檣の帆が前にはためいている。

 帆の下部を支えていたロープが二本同時に切れたようだった。


 艦を風下に向ける力が失われた。艦が徐々に右旋回を始める。この波高はこうで波に腹を見せたら、短時間で転覆してしまう。


取舵とぉーりかじ、一杯」三郎が舵手に向かって叫んだ。


 次いで、叫ぶ。

「右舷班長いるか、手練てだれを四名、艦尾楼かんびろうにあげてくれ、後檣のスパンカーを降ろす。それと、艦尾のシー・アンカーを切り離せ」

「艦長了解しました、四名あげます。艦尾シー・アンカー切断します」班長が復唱ふくしょうする。

「よし、やれ」班長の復唱を確認した艦長が言った。


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