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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 2
355/612

海錨(シー・アンカー)

神通じんつう』が裏帆うらほから回復し、針路を北に変更したのが第一折半直の終わり(午後六時)頃だった。前線を通過したのと同時に、風が強くなっていた。


 米十こめじゅう達が夕食をとるために、中甲板ちゅうこうはんに降りてゆく。格子甲板や梯子はしごにポツリポツリと雨が落ち始めた。

 握り飯と漬物つけもの、干魚をあぶったものが出て来た。

 今、艦は右斜め後ろからの風を受けて、北に向かって走っている。波が高くなってきたのか、船体が上下に揺れ始める。

「さっきのありゃあ、なんだったんだ。急に船が止まったようだったけど」米十こめじゅうが食べながら言った。

「あれは裏帆といってだな、急に前の方から風が吹いてきたので、帆が後ろ向きにはためいちまったんだ」金太郎が答える。

「何で、急に風向きが変わったんだろう」

「さてな。士官たちはそういうのを“ぜんせん”といっているが、俺にはわからん」


 食事が終わったので、次の当直に備えて、仮眠をとることにした。折半直なので一時間くらいしか眠れない。中甲板の右舷中ほど、自分のチェストの傍に行き、外套がいとうを着たまま甲板に横たわる。




 目が覚めた。あきらかに船の揺れが大きくなっていた。眠気ねむけを覚ますため、首を振りながら上甲板に出た。

「右舷班、全員そろったか」艦長が大声で尋ねる

 点呼てんこを終えた班長が、全員そろいました、と答える。

「よーしっ、両舷班で縮帆しゅくはんする。前檣フォア・マスト二番帆トップスルだけ、残す」

 一番前のほばしらの、下から二番目の帆を残し、他の全ての帆をたたむことにする、とのことだった。

「最初は後檣ミズン・マストからだ、全員用意」

 船首側の帆から畳むと、船が不安定になる。なので後ろから縮帆する。

 

 船の帆を拡げたり、畳んだりするために、檣を登る必要はない。帆の広がりを縦に囲むように張られたロープがある。これを甲板上から引っ張ることにより、帆を縮めることが出来る。縮んだ帆は帆桁ヤードに密着する。

 これらのロープのことをリーチ・ライン、バントラインなどと呼ぶ。他にも二種類くらいあるのだが、ここでは省略しよう。

 反対に帆を拡げるロープもある。シートやタックという名前のロープだ。


 帆を拡げる時は、甲板上からシートやタックを引っ張り、リーチ・ライン、バントラインを緩める。縮めるときは、その反対だ。


 後檣の帆が畳まれ、主檣メイン・マストの帆も畳まれた。

 船が前檣フォア・マストに引っ張られるのを感じる。北に向かっていた船を西北西に向け、前檣の帆も一つを残して、畳まれた。


「どうして、帆をたたんじゃうんだろう」米十こめじゅうが独り言を言った。

「それはな、風と波が強すぎるからだ」操帆そうはんを終えて一息ついた船員が教える。

「風が強いから、帆を畳むのか。破れるからか」

「それもあるが、いままでは、右やや後ろから風を受けて、北に向かっていたろう」

「そうだね」

「それだと、波を横から受けるだろうが」

「そうだ」

「船は横波に弱い。大きな横波を受けると、コロリと回って船が転覆てんぷくしてしまう」

「船って、そんなに簡単に転覆してしまうのか」

「お前が思っているより簡単に転覆する」

「ほんとうか」

「ああ、船の形は樽に似ている。樽を横倒しにすると、くるくると回して運べるだろう」

「そうだね、簡単に運べる」

「ところが、縦方向に回そうとすると、なかなか大変だ」

「誰もそんなことをしようとは思わないだろうね」

「それと同じことだ」


 米十が、『神通じんつう』が横倒しになったところを想像しておびえた。


「今、前檣の帆はどちらにも開いていない。竜骨と直角に張られている」船員が言う。

「そうだね」

「このようにすると、船首は風下を向いて安定する」

「つまり、西北西に向かっているということだよね。それだと、低気圧だっけ、嵐の中心に向かっていくじゃないか」

「そうだ、それはしかたがない、なので最低限の帆を張ってゆっくり進むようにしている。しかし、この状態だと波は船尾にまっすぐにあたる」

「そういうことか。嵐の中心に向かっていくことになるが、少なくとも転覆はしない、ということだね」

「そうだ、じゃあ俺は非番だから、下に行ってねむることにするから。じゃあな」


 この時の風力は秒速二十メートルに達していた。時速にすると七十二キロメートルである。高速道路を走っている車の屋根に立っているところを想像すると、大体当たっている。

 風力等級でいうと、全十二等級のうち、八番目の強さだった。これくらいの風になると、波も大きくなる。風力八等級の波の高さは五メートルくらいとされている。

 二階建ての二階の窓から地面までの高さである。


 南洋開拓団員が中甲板に集められる。船乗りではない彼らが上甲板にいるのは危険だろうと艦長が考えた。

「これ、何を造っているんだ」米十が金太郎に尋ねる。

「さあな、俺にはわからん」

「熊五郎さんは、わかる」

「いや、俺にもわからん。たこにしちゃあ、重そうだな」

 三人は、士官が簡単に描いた設計図を基に、不思議なものを作っていた。

 頑丈な材木二本を十字に交差させて、ロープで縛る。大きさはかろうじて指令室のドアを通り抜けられる程度の大きさだった。

 次に三枚重ねた帆布にいくつもの補強糸を縫い付ける。

 最後に、その十字に三重の帆布を張り、頑丈に縛り付ける。

 十字の四つの先端からはロープが伸びていて、二メートル先で四本のロープがり合される。

「熊五郎さんが言うように、凧に似ているね」


「出来たか」設計図を描いた士官が戻ってくる。

「出来たけど、これ、なんですか」

「これは海錨シーアンカーという」

「何に使うんでしょう」

「これを、艦尾楼から、海に放り投げる。そうすると、風下に流されている本艦の艦尾を引っ張ってくれるので艦首が風下に向くのを助けるんだ」

「なるほど、そういうことか」


 米十達の初夜直が終わる頃、風は風力等級十にまで強くなっていた。闇夜だったので、何も見えないが、もし見えたとしたら艦が十メートルを超える波のなかで、翻弄ほんろうされている姿に怖気おぞけを振るっただろう。

中甲板を歩く足元がおぼつかない。米十達は、あちらこちらにつかまりながら、自分の寝床に帰った。



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