温暖前線との遭遇(おんだんぜんせん との そうぐう)
延徳二年(西暦一四九〇年)の二月二十五日。一月十三日に堺を出港してから、ちょうど四十日目だった。そろそろアメリカ大陸が見えてもいいころだ。
当初片田が約四十日でアメリカ大陸に到着する、と宣言していたので、四十日を過ぎると、徐々に乗組員の不満が高まってゆくことになるだろう。
昨夜、北極星を天測したときには、現在の緯度は北緯四十二度付近だった。夜明けに日出を観測したところ、西経一二八度だった。
アメリカ大陸まで、あと少しのところまで来ていることは間違いない。カリフォルニア州とオレゴン州の州境あたりの沖にいるとみられる。
彼らは経度の基準として、グリニッジ経度を使用している。片田が現代から持ち込んだ地図にそれが記入されていたからだった。もちろん、この時代に経度〇度上にグリニッジ天文台があるわけではない。
出航後日数が偶数の日は、右舷直から始まる。つまり午前〇時からの夜半直は右舷班ということだ。
偶数日の右舷班は、夜半直、午前直、第一折半直、初夜直を担当する。
米十がシャチを見たのは、この日の午後直だった。
第一折半直が始まる。
前檣の見張り員が、天気が下り坂だ、といっていた。艦隊針路のはるか前方に高層雲が拡がり始めていた。
今、西南西の軟風が吹いている。秒速十メートル程の風だ。
艦隊はその風を受けて、真東に向かっている。
この日の日没は五時二十分頃だった。
「前方の高層雲は、温暖前線でしょう。前線を避けるために、東南東に転進しましょう。念のためです」『神通』艦長の金口三郎が片田に言った。
「そうだな、『那珂』と『あめりか丸』にも、そのように指示してくれ」
三隻がわずかに南に転進する。そして日が暮れた。
前方の温暖前線は、彼らの左後方はるかにある低気圧が巻き起こしている。彼らは知らなかったが、同時刻、その低気圧が急速に発達し始めていた。
北半球の中緯度地帯では南側に暖気団、北側に寒気団がある。両者は東西に延びる寒帯前線を境にしているが、温かい空気は寒い空気の上にあがろうとする。
ほんの少しの『ゆらぎ』を種として、左回転の渦運動が始まる。
回転軸の東側では、温かい空気が寒気の上に乗り上がる。この動きは緩やかであり、上昇した暖気は高層雲や絹雲を作る。これが温暖前線である。
一方回転軸の西側では、冷たい空気が温かい空気の下に潜り込む。この運動は強力であり、積乱雲を形成する。これが寒冷前線だ。
温暖前線、寒冷前線という呼び名は、この前線が通過したあと、温かくなったり、寒くなったりすることから名づけられている。
上甲板にいる米十から見ると、針路前方の水平線近くには星が見えない。層雲が伸びているのだろうが、今夜の月は夜明け近くにならないと上らないので、実際の所はよくわからなかった。
左舷班の船員達が夕食を終えて上甲板に戻ってくる。
「さっきより、風が強くなってきたな」
その時だった。突然前方から強い風が吹いてきた。極めて冷たい風だ。
頭上から、全ての帆が裏帆を打つ凄い音が聞こえてくる。
艦長が操舵士に左旋回を指示し、同時に操帆士に対して、右舷開き一杯を叫んだ。
一瞬にして、甲板が大騒ぎになる。こうなったら当直も非番もなかった。
裏帆により急制動のかかった艦が、嫌そうにゆっくりと艦首を左に向ける。甲板では船員達が舷側に置かれたビレイピンに取りつく。ビレイピンには帆を操作する動索が巻き付けてある。
「前檣、右舷開き一杯」と操帆士が叫ぶ。船員達がピンから動索を外し、帆を左回転させる。
右舷側の動索を船首の方に持っていき、左舷側では艦尾の方に移動する。
頭上で帆桁がくるりと回る、帆が右側から来る風を受けて、ふくらむ。それを見た甲板員達が動索をピンに固定した。
「つぎ、主檣、いくぞ。用意しろ。合図するまで動くなよ」と、操帆士。
船首がさらに左に回る。
「主帆、用意」そういって船の動きを注視する。
「いまだ、右舷開き一杯」
再び甲板上をドタドタと走る足音が響き、帆桁が回る。風を受けて、船体が左舷側に傾く。
後檣も同様に帆を回した。全ての帆が風を斜め後ろから受け、艦が安定した。
操帆士が右舷開き一杯にした帆を、戻すように命令する。
安定したとき、艦は東南東の風を受けて北西に向かっていた。
上甲板では、誰もがホッとした。今になって急に寒くなったことに気付く。お互いに外套の手首や足首に付けられた紐を結び、袖口などから風が入ってこないようにした。
首周りの紐は自分で縛り、頭巾を被る。頭巾につけられた紐も縛り、風で頭巾が後ろに流れないように固定した。
「前線を通過したようだな」片田が艦長に言った。
「温暖前線の方から、こちらにやってくるなど、聞いたことが無いですな」艦長が答える。帆船は風に乗って走る。しかし、海水の抵抗があるので、風と同じ速度にはなれない。なので、通常は前線に追いつくことはない。
もし、帆船が温暖前線に衝突するとしたら、前線の向こう側にある寒気が余程強くなければならないだろう。
「低気圧の発達が速いのかもしれない。どうする」
「どうするって、こういうときには、右舷開きにして、低気圧の中心から離れるしかありませんな、北に針路をとりましょう」
「そうするしかないか」片田が了承する。
艦長が『那珂』、『あめりか丸』と交信する。彼らも同じような手順で北西に向けて航走していた。
片田の指示である、ということで艦長が両艦に北進するように伝達した。
片田が艦尾楼後部に設けられた回廊に出る。米十達がカツオを釣ったところだ。暗闇の中、後方に『那珂』と『アメリカ丸』の灯りが見えた。両艦共に無事追随していた。
片田が指令室の水銀柱気圧計を見る。九百八十ミリバールのところに水銀の液面があった。
低気圧は、このあとさらに発達し、三艦を嵐の中に巻き込んでいく。




