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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 2
351/611

三毛猫ジョン

 一月十三日早朝に出港した三隻は、その日のうちに潮岬沖にまで出て、黒潮と偏西風に乗った。次の日からは平均百二十海里(一日二百二十キロメートル)の快走を続ける。

 二日目には浜松沖、三日目に伊豆七島を通過した。翌日には銚子沖で針路を北に向け、十七日には仙台沖、十八日に三陸沖、十九日に襟裳えりも岬沖に達した。

 合計で、八百海里、千四百キロメートルを六日で走破したことになる。

 ジェームズ・クックの『太平洋探検』記録を読むと、当時の帆船でも良風であれば一日に百四十海里進むことがある。しかし五日間続けて百二十海里と言うのは、稀有けうなことである。幸先さいさきが良い。


 海里シー・マイルをなぜ、片田達が使っていたのだろう。一海里は約一八五〇メートルだが、これは一回転の角度を三百六十度とするところから来ている。

 一度をさらに六十に分けた物をふんという。六十分が一度になるということだ。

 

 船が南から北に移動しているときに、天の北極(北極星のある付近)が一分だけ上に観測されたら、その距離が一海里、天の北極が一度天頂てんちょうに近づいていたら、六十海里となる。


 つまり、天測てんそくに頼って航行している船にとっては、海里は便利な距離単位なのである。これは一回転を三百六十度とさえ定めておけば、万国共通になる。片田達もそうしていたので、海里が使えるのである。

 一回りが三百六十度なのは、二,三,四、五、六、八、十、十二など、多くの数で割り切ることが出来て、便利だからだ。



 後にメートル法が地球一周を四万メートルと定めた。それを三百六十度で割り、さらに六十分で割ると、一.八五キロメートルくらいになる。

 ただし、経度の場合は、海里と角度の関係は赤道付近でのみ通用する。なぜなら経度一度にあたる距離は北極に近くなる程短くなるからだ。

 北極点に立って、その周囲を三百六十度分回るには、四、五歩もあるけば十分であろう。


 時刻は第二折半直せっぱんちょくが終わりかける頃だった。あたりは暗く寒い。三日前から船員達には毛皮製の外套がいとうが支給されていた。


 襟裳岬沖に達した三隻は、いよいよ針路を東に向け、太平洋横断を始める。この日から、風が弱まり、船団の速度は低下した。


 指揮所では片田が村の茜丸と交信していた。今日天然痘てんねんとうを発症したのは三十名以上だった。徐々に増加の速度があがっている。

 茜丸が片田村に入村してから、十日たった。今日の人痘じんとう接種者は、約二百名、累計で千五百名くらいの子供が人痘を受けている。

 


 感染可能性がある子供たちは、片田村全体で三万人もいる。まだ集団免疫には程遠い。


 また、彼らは天然痘の潜伏せんぷく期間を知らない。天然痘は感染後七日から十六日程の潜伏期間を経て発症するが、その日数を茜丸も片田も知らない。

 なので、接種者が発症しても、それが人痘によるものなのか、自然感染なのか区別することもできなかった。

 ただ、種痘を続けていき、どこかで感染者数の増加が停止する。そのことで効果を測るしかなかった。


 通信を終えた。マイクロフォンを放した手が汗でぐっしょりと濡れていた。




 この夜は、風がおだやかになったので、かねての懸案けんあんを決めるために、折半直せっぱんちょくの終わりと初夜直しょやちょくのあいだに、全員が上甲板に集まった。

 持ち場についているのは船尾楼せんびろうに立つ右舷直の艦長、前檣フォア・マストの見張り、上甲板後部の舵手だしゅ、それに料理長だった。

 風が穏やかで、一定の方向から吹いているとき、まっすぐ進むだけならば、帆船はその程度の人数でも航走できる。

 何かあった時には上甲板にいる右舷直がすぐに持ち場に帰れる。

 料理長は火の当番だ。木造帆船で火を放置することはできない。


 懸案、とは雄三毛オミケ様の名前を決定だった。すでに彼は船神ふながみ様として扱われている。なのに、船員達はそれぞれ自分の付けた名前で呼んでいた。

「ミケ」「タマ」「ポチ」等々である。

 一応神様なのだから、名前は統一しなければならないだろう。みんなそう思っていたが、船が高速で走っている間は、皆で集まることが出来なかった。

 今夜は風がいでいたので、やっと集まることを艦長が許可した。

「一時間以内に終わらせるように」艦長はそう言って船尾楼の当直に立った。


 上甲板で皆が車座くるまざになっている。中心に三毛猫がいた。

「三毛猫なんだから、ミケでいいだろう」

「そのまんまじゃないか。有難ありがたみが無いだろ」

「一応、雄三毛様オミケサマなんだから、オミケサマでいいだろう」

「なんか、長いな、呼びにくい」

「ポチがいいんじゃないか。ちっちゃいし」

「それ、犬の名前だろ」

 ポチが犬の名前になるのは、明治時代なので、フライングである。

 元ネタは童謡どうよう花咲はなさじいさん』あたりだそうだ。

「タマは、どうだ」

「タマは雌猫めすねこの名前だからな、雄三毛様オミケサマ雄猫おすねこだぞ。タマなんて名前つけられたら、機嫌きげんを悪くするだろう」


「ミィはどうだ」米十こめじゅうが言った。胡坐あぐらいた彼の前で、オミケサマが前足をめている。

「ミィか、ミィと鳴くからな」と、熊五郎

「悪くないが、神様っぽくないな」金太郎が言った。

「神様っぽい名前って、どんなんだよ」熊五郎がムスッとして言う。

 続いて、オミケサマが背中をΩオメガの形に曲げて、欠伸あくびをする。眠いのかな。


「神様っぽいのがいいのか」それまで黙って聞いていた犬丸いぬまるが言った。

「まあ、そういったものがあれば、それがいいな」

「では、『ジョン』ではどうだ」

「えっ、『じょん』って、片田様のことか」

「まあ、そうだが、片仮名カタカナの『ジョン』だ」

「どうちがうんだ。呼ぶときは同じだろう」

「同じだ」

「片田様にあやかるのならば、神様っぽいが」

「誰がそれを片田様に言いに行くんだ」

「片田様に知らせずに『ジョン』、『ジョン』と読んだら、怒り出されるだろう」

「じゃあ、俺が『じょん』に言っておくよ」犬丸がそういった。

「犬丸様がそうしてくれるんであれば、ありがたいが」

「わかった、では雄三毛様の名前を『ジョン』にしよう。みんな、それでいいか」犬丸が言う。

 全員がうないた。


『ジョン』が甲板の上で、うれしそうにコロリと寝返りを打った。


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