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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 2
348/611

雄三毛(オスミケ)

 延徳えんとく二年(西暦一四九〇年)正月十三日、『南洋開拓団』の探検艦三隻が出航する日になった。

 片田は村の天然痘てんねんとうの様子が気がかりだったが、出港することにした。


 帆船時代の出航は早朝に行われることが多かった。夜の間に吹く陸風りくかぜが昼間の海風うみかぜに代わる前に岸から離れることができる。


 まず、旗艦きかんの『神通じんつう』が埠頭ふとうから離れる。

岸壁がんぺきでは、多数の見送りの人々が叫んだり、手を振ったりしている。それぞれに、肉親の名前を呼んだりしている。


若い娘の集団が手を振っている。

米十こめじゅうちゃーんっ」

「十郎さーん」


「なんだ、米十、お前、娘っ子達にずいぶんともてるじゃねえか」『神通』の上甲板じょうこうはんに立つ熊五郎が米十に言った。

「うちの奉公人の娘さんたちさ。べつにもてているわけじゃない」

「そんな様子には、見えねえな。こいつ、わかってないんじゃないか。あの目つきは、れている目つきだ」金太郎が熊五郎に言う。


神通は帆をたたんだ『あめりか丸』を曳航えいこうしている。ロープがピンッと張り、『あめりか丸』が続いて岸を離れた。隣の埠頭では、『那珂なか』が離岸した。


埠頭がだんだん小さくなり、やがて戎島や堺も、やはり小さくなった。


 この日は北西の風が吹いていた。船団は淡路島に向けて西に進路をとる。そして、淡路島が間近まじかに見えてきたところで、左旋回し、『あめりか丸』を曳航していたさくを解く。

 三隻が一斉に帆を拡げ、斜め後ろから来る風を一杯に受けて南に向けて帆走した。

 

 昼頃に淡路島と紀伊半島の間にある友ヶともがしま水道を抜ける。抜けた所で昼食になった。舵取りなど手の離せない者を除いた船員が上甲板に集まり、一人に一つ、手桶ておけが渡される。

 中には竹筒と包みが一つ入っている。包みを開けると大きな握り飯が二つ。生味噌なまみそで握っていた。ダイコンを塩もみした浅漬け、焼いたサバの半身も入っていた。魚は陸上で焼いておいたのだろう。

 竹筒には水が入っている。味噌汁などの汁物しるものは出ない。船上では火傷やけどをする可能性がある。

 握り飯を頬張ほおばりながら、時々焼き魚や漬物をかじる。のどが詰まりそうになると竹筒のせんを外して水を飲む。米十も、他の者達も甲板の上に胡坐あぐらをかいて座っていた。


 上甲板の一部が格子になっている。下の甲板との間で呼び合ったり、空気を交換したりするための格子だった。その格子甲板のさらに一部が蓋になっていて、上にあげると、階段でのぼりできるようになっていた

 その格子蓋こうしぶたのところから、ネコが顔を出す。焼サバの匂いにかれたのだろう。ネコの力では格子蓋は開けられない。

 そこで、にゃあおぅ、と鳴いた。

「あれ、ネコの声がするな」米十が言って、あたりを見回すが、見当たらない。そこで、立って上甲板を見下ろすと、格子蓋の間にネコの顔があった。

 米十が格子蓋を開けると、子ネコが上甲板に跳びあがってくる。


「なんだ、こいつ。迷い込んじまったのか。いまからじゃあ陸に戻してやることは出来ないな、次の寄港地きこうちで降ろしてやるか」米十が言った。

「なんだい、ミケネコか」金太郎が言って、サバの切れ端をほんの少し投げてやる。ネコが切れ端に飛びつく。うなりながら食べる。


 米十が座り直し、もう少し大きめのサバをネコの前に置いた。そちらも食べてしまう。

 くちの周りにサバのカスをつけたまま、米十に寄ってくる。もう少しよこせ、と言っているのだろう。熊五郎が自分のサバをネコに投げる。それもたいらげた。

 やがて、ネコが米十のひざに乗ってくる。

「なんだ、まだ欲しいのか」

「いや、そうじゃねぇだろう。水が欲しいんじゃないか」金太郎が、そういって甲板に竹筒の水を少しまくくと、め始めた。

「なあ、熊五郎よ」

「なんだ」

「子猫だから、よくわからねぇが、このミケネコ、おすじゃねぇのか」

「あれ、どうだろう」そういって、熊五郎が子猫をつかみ、腹を上にした。

「ありゃ、そうだ。これオスだな。オスのミケネコだ」

「そりゃあ、珍しいな」

「珍しいどころか、とても縁起えんぎのいい話じゃねぇか。誰か、士官を呼んで来い」


 航海長と、艦長の金口かなぐち三郎さぶろうがやってくる。

「雄の三毛猫がまぎれ込んだというのか」

「へえ、これ見てくだせぇ」そういって、熊五郎が掴んだ子猫を船長の方に向けて腹を見せる。ネコが抵抗するように鳴いた。


「本当だ、雄の三毛猫じゃないか。これ、熊五郎、縁起の良い生き物だ、邪険じゃけんあつかわず、下に置いてやれ」金口三郎艦長が言った。

「へい」そういって、熊五郎がネコを甲板に置いた。


「他の艦にも知らせてやれ、当艦に雄の三毛猫が乗艦した、とな」たかがネコに対して乗艦は大袈裟おおげさだろう。

「承知しました」そういって、航海長が艦尾の信号旗しんごうき格納所に走っていく。




 めすの三毛猫はよくいるが、雄の三毛猫というのは珍しいものだそうだ。なんでも猫の模様は遺伝子と関係しているらしく、白、黒、茶の三色の模様がある三毛猫は、ほぼ雌なのだそうだ。

 黒、茶、それぞれの色が現れる遺伝子は、どちらも性染色体Xにあり、一つのXは黒か茶のどちらか一つしか持てない。なので、雌ならばXXなので、黒だけ、茶だけ、黒と茶、あるいは白も入れると黒白、茶白、最後に黒と茶と白の三毛猫が生まれるが、雄はXYなので黒か茶、黒白、茶白しか現れない、という仕組みだそうだ。

 雄の三毛は、XXYという、珍しい遺伝子を持った雄猫と言われている。


 そこで、雄の三毛猫は、古来商売繁盛はんじょう、航海安全、大漁などをもたらす縁起の良い生き物とされてきた。


 日本史上もっとも有名な雄三毛おすみけは、「たけし」という一九五六年生まれの猫だと思われる。

 日本の第一次南極観測隊が『宗谷そうや』で出発する二日前、ある女性が『オスの三毛猫は航海に縁起がいい。なので、お守りとして連れて行ってください』そういって観測隊に預けたのだそうだ。

 この時には、まだ名前がなかったが、出港後に船内の公募により、南極探検隊隊長の永田ながたたけし博士の名前を頂いて、「たけし」と名付けられた。


 「たけし」は船内の大型通信機の上で暖を取って感電し、数日間意識不明になった。当時の通信機は真空管式なので温かく、しかも高電圧部分があった。

 南極大陸では餌だと思って襲ってくるオオトウゾクカモメと格闘し、これを撃退した。

 「たけし」は数々の冒険をこなしたあと、無事に日本に帰国している。


 帰国の際には、昭和基地から『宗谷』まで、セスナ機に乗っている。悪天候により、『宗谷』が基地に接近できなかったからだ。この時、第二次越冬隊のために南極大陸に残されていた樺太からふと犬『タロ』『ジロ』達は、航空機に乗せるには体重が重すぎた。日本の第二次越冬は断念され、彼らは大陸に置き去りにされてしまう。

しかし、「たけし」は軽いので、人間と共にセスナに乗ることが出来た。

 運の強い猫である。


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