米十(こめじゅう)
「犬丸、俺の事を雇ってくれないか」やっと元服するかしないか、という若者が犬丸に声をかけて来た。見ると、見事なアバタ面だった。
「またお前か、だめだ、お前はまだ十四だろう」
「南洋行の船が出るのは来年の一月だろう、そのときには十五になっている」
「それは、そうだが、今はまだ十四だ。志願するにも親の承諾が必要だ」
「親の承諾が必要なのか、なんだ、そんなこと。前に断った時、そういってくれればよかったのに」
「お前の親は、お前が南洋に行くのを承諾するのか」
「たぶんね」
「たぶん、か。小僧、名前はなんという」
「米十だ」
「米十だと、変な名前だな」
「しょうがないよ。米屋の十男坊なので、米十だ。親も、七番目当たりからめんどうくさくなったのだろう、米七、米八、米九ときて、俺が米十だ」
「また、てきとうな名前をつけられたもんだな」
「そうだろう、俺もそう思う」
「じゃあ、父親は米屋なのか」
「そうだよ、ほら、そこにある米屋だ、讃岐屋だ」
そういって、米十が埠頭に面した大店を指さした。
讃岐屋といえば、細川家に出入りしている。讃岐国の米、荏胡麻油、絹などの座にも加わっていた。
“十男とはいえ、そんな大店の息子が、南洋開拓団に志願するのか”犬丸が疑問に思った。
「なんで開拓団に志願する」米十に聞いてみた。
「安宅丸と菊丸の話を知っているか」米十が言った。
「大越の香木貿易のことか」
「そうだよ。俺もあのように一発当てたい。堺にいては、ただの米屋の十男坊のままだ。家は大店かもしれないが、俺に回ってくるのは、ほんのちょっとだろう」
なるほどな、犬丸が思った。少し米十に興味が湧いてきた。
「では、承諾がもらえるかどうか、父親に聞いてこい」
「わかったよ」そういって、米十が走り去った。
日が暮れかけたので、開拓団募集の墨書を外し、机上の筆記具などを片付けた。
米十が走ってもどってくる。
「お父が、よければ家に来ないか、と言っている」
「承諾してくれそうか」
「うん、そのつもりだって、お父が直接言いたいっていってる」
「そうか、では伺おうか」
白い麻布に藍色で米俵が描かれた暖簾をくぐって、米屋の中にはいると、米十の父親だろうか、主人と思われる男が立っていた。
「靫負少尉様でいらっしゃいますか」男が言う。
「いかにも」犬丸が答えた。
「どうぞ、おあがりください。お待ちしておりました」そういって座敷にあげてくれた。
「少尉様は、片田村の出身と伺っておりますが」
「片田村の隣にある外山という村の生まれだ」
「なるほど、それで片田商店の当主様とは」片田順のことを言っているらしい。
「子供の頃から、色々と教えてもらった」
「さようでございますか、それはよろしゅうございました」主人が微笑む。
「ところで、当家の米十のことでございますが」
「うむ」
「南の島の開拓団に応募したい、と申しております。本人が言うには一旗上げたいのだそうです」
「それは、私も直接聞いた」
「ところが、年齢が足らず、応募するには親の承諾が必要だといわれたそうです」
「いかにも、当人にそう言った」
「では、私、米十の父が、米十の開拓団への応募を許しますので、どうぞ連れて言ってやってください」
犬丸がしばらく父親の目をみつめる。
「船が嵐にあって沈むかもしれない、いままで行ったことのない海に行く、迷ってしまうかもしれない。さらに南の島だ、正体不明の疫病に罹って死んでしまうかもしれない。それでもいいのか」
「それでいい、とは申しません、親ですから」
「しかし、これは、当家の家訓のようなものなのですが、子供はたくさんつくり、姫であれば他家に嫁がせて誼を深める。太郎であれば、望むことをさせる、としております」
「それで、十人もの男児をもうけたのか」
「十二人おります。それだけおれば、誰かは稼業を継いでくれましょう。姫は十五人。上の方は嫁いでおりますが」
「それは、たいしたものだ」
「片田商店の御当主様は独り者だと伺っております、よろしければいかがでしょう、妙齢の娘が三人程おりますが」
「いや、それは。いちおう聞いてみよう」犬丸がひるんだように言った。
こういう家風なのだろう、同業者や有力者に娘を嫁がせて、地位を固めていく。
ハプスブルク家のような家だ。
「では、御子息、米十の南洋開拓団への入団を承諾する、ということでいいのだな」
「はい」
「それでは、この入団申込書に米十の署名を願う。本人の署名の次に続柄と御父上の署名を添え書きとして求める」
二人が署名した。
「では、明朝片田商店に来店するように。着の身着のままでよい。入団中の衣食は当方で準備する。日当支給開始は明日よりである。団が堺にいる間は毎日日当を銭で支給する。出航以後は、銭を支給しても使い道が無いであろうから、帰着後に日数に応じて一括支払いをする」
「明日から支給してくれるのかい」米十がニコニコと笑った。




