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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 2
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焼玉エンジン(やきだま エンジン)

みなさま、ありがとうございました。

『昭和期には4サイクルと呼んでいたらしい』とのご指摘を多くいただきました。

なので、4ストロークを4サイクルに修正させていただきます。



「一番、動きそうだと思うエンジンを持ってきてくれ」片田が鍛冶丸に言った。

「たぶん、これだな。点火栓てんかせんを使うと、ときどき、ちょっとだけ動いたりする」鍛冶丸が木製の架台かだいの上に載ったエンジンを持ってきて言った。


 片田が仕組みを調べる。似たようなエンジンを子供の頃に見たことがあった。諏訪湖すわこに浮かんでいた漁船の焼玉エンジンに似ていた。

「二サイクルのヂーゼルに似ているな。潤滑油はどうしている」

「『じゅんかつゆ』って、なんだ」

「ああ、そうか。そうだったな。このエンジンを動かすと、ピストンとシリンダの間が焼き付いたりしないか」

「そのことか。そうだ、たまにちょっと動いた時には、すぐに焼き付く。なので、軽油にほんの少し重油を混ぜている」

「なるほどな」手元にあって使えるのは重油くらいだろう。


「今は点火栓を使わないで、そのままにしておこう」

「点火栓を使わないと、絶対に動かないよ」

「大丈夫だ。シリンダヘッドくらいのけいで、高さ二寸か三寸くらいの鉄の円筒えんとうを探して来てくれないか」片田が言った。メートル法を使わない時もある。

 鍛冶丸が彼の実験室を歩き回り、それらしいものを持ってきた。

「この筒をシリンダヘッドの上に取り付ける。試行するだけだから、針金はりがねで結びつけるだけでいいだろう」そういって、エンジンの上にくくり付けた。


「さて、試してみようか」

「それだけなのか」

「ああ、これだけだ。あと必要なのは、この筒に入れる炭火だけだ。エンジンの試験はどうやっている」

「裏のドアを開けたところが土間になっている。そこで試験ができる。ほんとうに、それだけで動くのか」

 長年鍛冶丸の頭を悩ましていた問題が、こんなことで解決するのか、半信半疑だった。


 二人で架台を持って、土間にエンジンを移動させる。


 土間は一方の壁が無く、外に開かれていた。これならばエンジンを動かしても排気ガスに悩まなくても済む。鍛冶丸が炊事場すいじばに行き、十能じゅうのうという、小さな鉄のシャベルに、焼けた炭と火箸ひばしを入れて持ってきた。


「炭を筒の中に入れてみてくれ」片田が言ったので、鍛冶丸が小石大こいしだい熾火おきびを四つ程シリンダヘッドの上に載せる。

「こんなことして、エンジン、大丈夫なのか」

「鉄製だ。これくらいのことで壊れたりしない」


 二人がしばらく、エンジンの上に載った炭火すみびを眺める。雲雀ヒバリがしきりにさえずっていた。五、六羽も空に浮いているだろうか。


「そろそろ温まっただろう、クランクを回して、エンジンをかけてみてくれないか」

 鍛冶丸が燃料コックを開き、吸気弁きゅうきべんも少し開いた。

「いくよ」そういって、はずみ車につけられたクランクを回す。


ボンッという音がして、排気管から白い煙がでる。ボンッ、ボンッ、ボンッ。


 あたりが白い煙だらけになり、重油のにおいがただよう。片田にはなつかしい臭いだった。

 久しぶりに焼玉エンジンを見て、“そういえば、子供の頃、近所の裕福な農家が、秋の収穫期に、このような焼玉エンジンで脱穀だっこくしていたな”と思い出した。秋の臭いだ。


「すごい、本当に動いた」鍛冶丸が感嘆かんたんの声をあげた。「あれほど、どうやっても動かなかったのに、シリンダヘッドを熱するだけで動くようになるのか」


 排気管から、輪になった煙がポンポンと吐き出される。鍛冶丸が吸気弁をさらに開いてみる。


 ポッポッポッポッポッ、エンジンの回転が速くなった。雲雀達はどこかに逃げて行ってしまった。


「いやあ、すごいよ、『じょん』。燃焼室の温度だったのか、発火点はっかてんとは、こういうことか」

「そうだ、動いたのが確認できたので、そろそろ止めよう。このエンジンは冷却器れいきゃくきがないので、すぐに焼き切れてしまうだろう」

「そうだな。それにエンジンヘッドの熱を与える所は銅製にしたほうがよさそうだ」鍛冶丸が吸気弁を閉じて、エンジンを止めた。


 動くことがわかってしまえば、改良点は次から次へと、出てくる。


「このエンジンは、上に炭を載せているから、雨が降ったり、海上で波をびたりすると、止まってしまうかもしれない」

「そうだな」

「じつは、燃焼室の上に、もう一つ部屋を作って、そこに鉄のたまを入れてやるという方法がある。部屋の大きさは玉がちょうど入るくらいでいい。玉が入る部屋と燃焼室はつながっていて、燃料は燃焼室ではなく、この部屋に噴射する」

「玉は何をするんだ」

「はじめに玉を外に出して、炭か何かで焼いておく。十分熱くなったところでエンジンに入れて蓋をする」

「玉が入った部屋に、燃料が吹きつけられると、玉に混合気が触れて爆発を起こし、エンジンが回転しはじめる」

「でも、玉がめてしまわないか」

「爆発の熱で、玉が再加熱され、次の混合気を発火させることが出来る」

「いろいろ、試してちょうどいい大きさの玉を作ればいい、ということだな」

「そうだ」


 片田達がためした炭火加熱式エンジンのモデルは『サトー式軽油発動機(焼玉2サイクル)』という製品です。一九三〇年代、昭和初期に発売されていた農作業用の小型軽油エンジンでした。

 製造会社は佐藤商会(現 三菱マヒンドラ農機株式会社)で、島根県松江市の会社です。


 また、二サイクル焼玉エンジンは戦前戦後に小型船舶せんぱくにも使用されており、その排気音から『ポンポン船』などと呼ばれていました。

 焼玉エンジンは、構造が簡単で、低い工作精度でも製造できたので、鉄工所や造船所でも造っていたそうです。



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