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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 2
336/612

無線の威力(むせん の いりょく)

 安宅丸あたかまるの外輪艦『川内せんだい』が博多の港に停泊していた。

 大越ベトナムから堺に帰港したのち、『川内』の士官、乗組員は二十日はつかの休養期間を取った。その間に安宅丸と菊丸きくまる京都みやこ東山殿ひがしやまどので足利義政と面会している。

 休暇が終わった後、無線機を搭載し、博多までの試験航海を行うことにした。

 

 無線機は、船尾楼せんびろうに置かれ、主檣メイン・マスト先端トラック後檣ミズン・マスト先端トラックの間に張られたアンテナまで信号線が伸びている。

 そろそろ、南中時刻なんちゅうじこく(午前十二時)になる。

船尾楼の真下にある船長室から、安宅丸が登ってきて、無線機に向かう。

航海中、無線機は常に電源が入っていた。蓄電池への充電は船尾楼側面に取り付けられた風車かざぐるま発電機により行われる。

この航海では、周波数は五メガヘルツに固定されていた。世の中に無線局が『川内』と堺の片田商店の二か所しかないので、これで十分だった。

無線機からは、ひっきりなしに鈴の音が響いていた。これは、周波数が合っていることを示すために常時流されている。『川内』側では、定時通信の前に、この鈴の音を頼りにして、もし周波数がずれていたら、修正できるようになっていた。


 鈴の音が止まり、無線機から、木琴もっきんの短い音がする。ド、ミ、ソ。

 これから、なにか発信する、との合図ジングルである。

「こちら、『さかい』です。十秒後に、午前十二時を、お知らせします。……むぅいつよぅみぃふぅひぃ」柔らかな女性の声がする。短波でも聞き取りやすいような声だった。


 そして、木琴がCの和音を鳴らした。

 その瞬間、『川内』の船尾楼に置かれた三十分砂時計が、当直水兵の手で、ひっくり返される。

 『川内』艦内時間が、堺の基準時刻に修正された。

 この標準時刻電波を使用することにより、『川内』は、電波の届く範囲内で、正確な時刻を知ることが出来るようになった。

 正確な時刻を測ることが出来れば、『川内』は、自艦のいる経度を精度よく決めることが出来る。


 簡単な例を示せば、日の出、太陽が水平線から出てきたとき、正確に艦内時間で何時であるか知ることができれば、現在地の経度がわかる、という仕組みだ。もちろん、現在地緯度と季節により、日の出時刻は変化するので、非常に面倒な計算作業が必要だが、それは面倒なだけである。

 正確な時計がなければ、そもそも正確な経度を計算することができない。


「こちら、堺です、『川内』、聞こえていますか、どうぞ」

「こちら、『川内』、良く聞こえているぞ。どうぞ」

「定時の報告を、お願いします。どうぞ」

「では、『川内』号の現況げんきょうから報告する。『川内』の現在位置は北緯三十三度三十五分、東経一三〇度二五分、博多港に停泊中だ。そして翌日十二時の定時連絡まで停泊する予定だ、どうぞ」

「『川内』の現況、了承しました、現在博多港に停泊中ですね。どうぞ」

  安宅丸が報告した位置は、現在の博多駅前あたりである、当時は現在より海進かいしんしており、このあたりは湾になっていた。


「次に、気象通報きしょうつうほうを行う」安宅丸が言った。


「博多では、北東の風、風力、天気、くもり、気圧、〇三レイサンミリバール、気温二十一度だ、どうぞ」

「博多の気象通報、気圧を復唱ふくしょうしてください。どうぞ」

「博多の気圧は、レイサン、ミリ、バールだ」


「博多の気象通報、了承しました、どうぞ」


 風向風力は主檣先端に置かれた、プロペラ模型飛行機のような風向風速計で測っている。風速は、プロペラにつけられた発電機の発する電力を測定している。風向は、風向風速計の内部に置かれた水平円盤状の可変抵抗器により、向きがわかるようになっていた。どちらも、電気信号で船尾楼まで送られてくる。

 気圧は、船尾楼船室内に置かれた水銀柱の目盛りを読み取っている。


 通信局が堺と『川内』の二か所なので、気象通報を行っても、あまり意味はない。しかし、将来複数の船舶が行き交い片田商店の各地支店に観測所が設けられれば、天気図を作成することが出来るようになる。

 嵐の到来、貿易風の向きや風力を予報できるようになるだろう。

 現在は試行期間中である。


 片田が現代にいた当時、一九六七年には、日本まだヘクトパスカルを採用しておらず、気象分野ではミリバールを使っていた。

 日本がヘクトパスカルを使用しはじめるのは、一九九二年十二月からである。


「次は、博多の商品市況しょうひんしきょうだ、どうぞ」

「博多の商品市況、お願いします、どうぞ」

「博多の延徳えんとく元年、四月二十九日の商品市況を報告する、続ける」

「米、一升八文九十、清酒せいしゅ、一升二十三文、塩、一升四文、続ける」

「麦、一升十文、豆、一升二十文、……」


 商品市況については、片田商店本店各支店が掲示する相場板そうばいたのようなものである。ただしリアルタイムの相場が入手できる。

 片田は、これを当分の間秘匿ひとくすることにしていた。なによりもまず、現地の相場を堺に居ながらにして知る方法を説明できない。怪しまれるのはまちがいないだろう。

 電信為替でんしんかわせ業務を普及させることが、まず第一歩で、そのあと、追々おいおいに無線技術を普及させればよい、そう思っていた。

 それに、どこかで何かが急騰きゅうとうしているときに、商品市況を秘匿しておけば、他の水運業者よりもうけることができる。


 商品市況の次には、各大名が発行する紙幣しへいの為替相場、博多の土倉が取り扱う冒険貸借ぼうけんたいしゃくの利息、海上保険かいじょうほけんの保険料率などが続いた。


「こんなところだ、こちらからの連絡は以上だ。どうぞ」安宅丸がしゃべりつかれた声で言った。

「承知しました、『川内』。では、これで十二時定時の通信を終了します。よい航海を」


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― 新着の感想 ―
[良い点] 文明は加速する! [気になる点] 秘匿することと、秘匿しないことこの見極めが…… きっと大変なはず [一言] 無線通信かあ 他の舟問屋「チートだ!如何様だ!」 うん、300年未来の技術だし…
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