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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 2
317/612

蒸気機関車(じょうききかんしゃ)

「僕が教えてあげられるのは、これくらいまでかな。これ以上のことはさかい石英丸せきえいまる達に聞いた方がいい」茸丸が言った。

 ほとんどの時間を片田村の研究所で過ごしている茸丸だ、無理もない。

「そうだな。ずいぶんと助かった。明日にでも堺に行ってみよう」片田が言う。


 その時、遠くから小さな笛のような音が聞こえた。汽笛きてきのような音だった。

「今からでも堺に行けるよ」茸丸が言った。

「どういうことだ、駅馬えきうまを使うのか、それほどの急用でもないが」

「いや、列車に乗っていくんだよ。今の汽笛は片田村に列車が到着した合図だ」

「列車が走っているのか」

「うん、去年『亀の瀬隧道ずいどう』が開通したので、列車で直接堺までいけるようになった。毎日うま一刻いっこく(午前十一時)に外山とび駅に到着して、ひつじの一刻(午後一時)に出発する。それに乗れば、二刻(四時間)程で堺に着く」



 片田が以前にいたときに、蒸気自動車までは出来ていた。その時も、当初は蒸気鉄道構想が出たのだが、鉄道を引くほどの経済効果が見込めなかったので、蒸気自動車の試作で落ち着いていた。


 茸丸が言うには、応仁の乱が終わり、京都みやこで大量の建設資材などが必要になった。それで採算が取れそうだということになり、十年程前から奈良縦断の鉄道建設が始まったという。線路や枕木の製造は片田村が行っていたので、建設は外山駅から開始された。

 まず外山から矢木やぎの市までの試験線が開通した。矢木から線路は北上し、大和やまと川と佐保さほ川の合流点近くの筒井つついで二手に分かれる。片方は北上して奈良ならを経由して木津川まで伸びている。この路線で木津川水系を上ってきた商品が奈良盆地南部まで運ばれるようになった。

 木津川南岸から、奈良に至るところは、わずかに山城国の領域だったが、ここは興福寺が守備の兵を置いた。亀の瀬運河が出来てはいたが、それでも木津川からの水運は興福寺にとって重要だった。


 反対方向の物の流れとしては、奈良盆地南部の木材など建設資材が木津川まで運ばれ、そこから水運で京都に運ばれる。大和川を下って、尼崎を回ってくるよりよほど早い。


 もう片方の路線は筒井から西に曲がり、亀が瀬渓谷を目指す。ここは難所なので一旦工事が止まる。

 

 河内かわちでは同時に、堺から開始して畠山義就が建設中の城、高屋たかや城まで、鉄道が引かれた。これに出資したのは畠山義就だった。

 高屋城から東に石川いしかわを渡れば、そこは亀が瀬渓谷の下流側の出口だ。両者を結びつける渓谷に鉄道を通すには、幾つかの隧道トンネルを掘らねばならない。この隧道建設が難工事だったが、それが昨年完成したという。


 畠山義就は、河内国内で鉄道をさらに延伸えんしんさせていた。高屋城から生駒いこま山地のふもと辿たどりながら北上し、山城国に至る路線だ。彼はこれを京都まで延ばそうとしていた。

 このようにすれば、彼の高屋城の城下が山城、大和、河内を結ぶ中心になる。現代ならばハブになるということだ。


 鉄道は平時には物流により経済をおこす。戦時には兵員や兵糧ひょうろう、物資などを迅速じんそくに前線に輸送できる。鉄道があれば普仏戦争ふふつせんそうにおけるプロイセン軍のように縦横じゅうおうに軍隊を移動させることができる。畠山義就はそれに気づいていた。


 義就の路線北上計画は、河内と山城の国境で停止している。そこから先には入っていくことができない。

 義就が南山城を得ようとして、執拗に畠山政長まさながと戦っていた。その理由の一つが鉄道の延伸計画だった。


義就の計画を妨害しようとする勢力がもう一つある。石清水八幡宮いわしみずはちまんぐうである。

  石清水八幡宮は、彼の線路が途絶えている場所、そのすぐ目の前にある。八幡宮は京都の朝廷や幕府に対する政治的工作を行い、鉄道建設を妨害した。それだけではなく、八幡宮の神人しんじんによる鉄道破壊工作なども行われた。

 加えて、八幡宮の社殿しゃでんでは、日夜鉄道修祓しゅばつ祈祷きとうが行われているという。


けまくもかしこ伊邪那岐大神いざなぎのおほかみ筑紫つくし日向ひむかたちばな小戸をど阿波岐原あはぎはらに、御禊みそぎはらたまひしときせる祓戸はらへど大神等おほかみたち、このたび河内かわちくだりし、蒸気機関車むしげのからくりぐるま、これもろもろ禍事まがごとつみけがれらむをば、はらたまきよたまへとまをこと聞食きこしめせと、かしこみかしこみまをす、」


 なにしろ彼らの眼下がんか淀川よどがわを行き来する舟、これに積んだ座の商品。これを一旦いったん『神へのささげもの』であるとして八幡宮に納めさせ、この大部分を『余りもの』であるとして座に下げ渡すという形をとるだけで、莫大な差益が得られるのである。もちろん、商品の量を勘定かんじょうするだけで、商品自体は舟に乗せたままだ。

 そこに鉄道などが出来て、商品を載せたまま素通りされては、たまったものではなかった。


 八幡宮の妨害に対して、畠山義就は路線を南に大きく迂回うかいさせて巨椋池おぐらいけの東方にでる方法を考えていた。このためにも畠山政長の勢力を宇治川より北まで後退させようとしていた。

 だが、南山城に一揆が起きてしまい、この構想はしばらく実現できなくなっていた。




 未の刻に出発して二刻にこくならば、日没前には堺に着ける、と茸丸が言っていた。片田は乗ってみることにした。

「それだったら、今日は晴れているから、堺の石英丸に狼煙便のろしびんを送ろう。堺の駅に迎えに来てもらえばいい」茸丸が言った。金剛こんごう山系岩橋山いわはしやま頂上にある狼煙台のろしだいを経由して通信しようというのだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] こういう話のときは地図があると嬉しい...
[一言] あれ?現代に戻った時に蒸気機関車(鐵道)の話有りましたっけ? 歴史の流れに埋もれたのか、ジョンがこちらに跳んだ影響で刻の流れがずれたのでしょうか……
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