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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 2
314/611

大権現(だいごんげん)

気が付くと、玄室の中に戻っていた。あたりは暗闇であるが、羨道せんどうの先から光が少しばかり射していた。

肩にかかる力の感触で、リュックサックも無事なのがわかる。


“さて、いつの時代に来たのかな。あの時から余り離れていないといいが”


立ち上がり、入口の方に向かって歩き出す。入口の上縁じょうえんに、荒縄のようなものが見えて、そこからギザギザの和紙がブラ下がっている。


外に出てみる。ずいぶんと景色が変わっていた。古墳の入口前が開かれて、神社の境内けいだいのようになっていた。

左手に手水舎ちょうずしゃがあり、木製の柄杓ひしゃくが数本置かれている。その先には白木しらき鳥居とりいが建てられていた。

入口の左右には狛犬こまいぬが鎮座している。狛犬は向こう側を向いていた。


“ということは、こちらが本殿になるのか”


そう思って、背後を見ると、古墳の入口が本殿になっているらしかった。羨道入口の上に杮葺こけらぶきのひさしが伸びており、左右を石柱に支えられている。庇の下に注連縄しめなわが下げられている。ずいぶんと太い注連縄だ。

注連縄からは稲妻様いなづまように切られた白い和紙がぶら下がっていて、風にれている。紙垂しでというのだそうだ。


“古墳を御神体にして、まつっているのか。石でも大木でも御神体にしてしまうことがある、こういうのもあるのかもしれない”片田が思った。


 注連縄と玄室入口の間にがくが架けられている。それを読んだ片田のほおに朱が走る。


『片田大権現だいごんげん』とあった。


よく見ると、庇の両側を支える石柱にも、『片田大権現』という文字が彫られていた。これは好胤こういんさんの字だな。片田が思った。

好胤さんは、前回片田が室町時代に来た時に、片田を拾ってくれた僧侶だった。


 石柱の脇に、石碑があった。それには『主上御幸之碑』とある。


陛下へいかまで、いらしたのか”片田の顔が真っ赤になる。


要するに、片田が突然の失踪しっそうをした後、片田村の住民たちが、彼を神として祭り上げたということである。


 このようなことは、いくつも例がある。豊臣秀吉は豊国大明神ほうこくだいみょうじん、徳川家康は東照大権現とうしょうだいごんげんとなった。近代になってからも、東郷神社、乃木神社が建立こんりゅうされている。


 それにしても、これは恥ずかしい。そう思う一方で神社の様子からすると、前回来た時からあまり離れていない時代に来たな、と安心もした。




 粟原おおはら川まで下って街道にでる。右に折れて片田村に向かう。季節は秋のようだ。遠くに無数の馬が放牧されている。尾根を回ると片田村が見下ろせる。『ふう』達の水道橋が架かっている。


 村人の姿が見えてくる。子供の数が多い。そうとう人口が増えているのだろうと思った。


 村の建物も増えている。村役場を探すと、元の所にそのままあった。中に入り、職員と思われる若い娘に声をかけた。


「ここは今でも村役場ですか」

「そうです。入村にゅうそんのご用ですか」


 どうしよう。先ほどの『大権現』を思い出して、ひるんでしまうが、他に方法が無い。


「私は、片田と申しますが、村長さんのお名前は、なんとおっしゃるのでしょう」

「村長ですか、村長は『いと』、と申しますが」娘が不審そうに答える。


“やれ、助かった。『いと』が村長だ”


「村長さんに面会したいのですが」

「村長に面会、ですか。そこにお掛けになって少々お待ちください」

 娘がそう言って、壁際の椅子を指さし、奥に去っていった。椅子が普及している。


 奥の方から駆け足の音が聞こえる。片田がそちらの方を向くと、『いと』がいた。としは五十歳程か。


「『じょん』、『じょん』なの、本当に『じょん』なのね」娘のような声で叫び、駆け寄ってくる。


 片田が『いと』と初めて会ったのは、彼女が十一歳の時だった。そして二十四年を室町時代で過ごし、彼が室町時代を去った時には三十五歳になっていたはずだ。しかし、彼女にとって片田との記憶は、娘時代のままだったのだろう。


「ああそうだ。突然いなくなってすまなかった」

「なぜ、急にいなくなっちゃったの」そういいながら両手を伸ばし、片田の肩や頬をなでる。幽霊などではなく、実体であることを確かめているようだった。


「それは……、故郷くにに急用ができた」

和泉いずみ淡路あわじ、二国と片田村を放り出すほどの用事だったの」

「まあ、そうだ」

「『じょん』がいなくなったので、石英丸せきえいまる達、大変だったのよ」

「それは、申し訳なかった」

「でも、帰って来たのだから、まぁ、いいわ。許してあげる」


 二人の周りに役場の職員が集まってくる。


「村長室に行きましょう」『いと』がそう言った後で、先ほどの娘に指示した。

「おねがい、茸丸たけまるを呼んできてちょうだい。村長室まで」




村長室は昔のままだった。

「今、何年だ」片田が尋ねる。

「今年は長享ちょうきょうの二年よ」

 片田がリュックサックを降ろし、中からノートを出して広げる。応仁の乱が短期で収拾しゅうしゅうしたため、応仁が二十一年まで続き、その年の七月に長享元年に改元されたと、『いと』が言う。文明ぶんめいという元号がそっくり抜けたわけだ。長享二年は史実どおり、一四八八年ということになる。

 片田が室町時代を去ってから、現代で一年半過ごした。その間に十五年が過ぎていた、ということだ。


 一四八八年は、コロンブスが大西洋横断に成功する四年前だった。スペイン人が本格的にアメリカ大陸に進出するのは、さらに先の事になる。また、ヴァスコ・ダ・ガマがインドのカリカットに到着する十年前でもある。

 もう少し早い方がよかったのだが、まず間に合ったと思う。行先を指定出来ない旅で、これならば上出来のほうだ。


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― 新着の感想 ―
[一言] これからまた楽しみです
[良い点] システム「片多さんがログインしました」 今度はどこまで歴史(技術)を加速させられるか?
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