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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 2
312/612

クリスマス・パーティ

 オペレーティング・システムとは、何なのか。片田が悩んでいた。


 彼が居るのは、算田さんた研究室の隣の部屋だった。もともとは研究室付きの応接間だったのだが、応接セットは研究室の方に移動させられ、算田教授の作業室となっている。集中したい時に、ここにこもるのだそうだ。彼が作業室にいる時には、秘書の鈴木女史も、めったなことでは取次をしないことになっていた。

 この作業室にもテレタイプ端末がある。片田は、それをにらみつけながら、計算機のオペレーティング・システムについての哲学的思索にふけっていた。


 学園祭の後、片田は算田教授の授業の聴講生になっていた。教授の授業は木曜日の午前中である。せっかく電車にのって奈良からやってきて、授業を聞いただけで帰るのはつまらないでしょう、算田教授がそう言ってくれた。

 それならば、木曜の午後、秘書の鈴木さんが退勤する夕方五時までのあいだ、この作業室で計算機を使用しても良いですよ。自由に使ってください。

 

 片田は教授の言葉に甘えて、午後五時頃まで、この部屋でPDP-8と格闘することになった。


 テレタイプ端末が、とつぜんチン、チン、とベルを鳴らす。片田が操作したのではない。



CHAT LIST


片田がテレタイプにキーを打ち込んだ


TTY1 SANTA

TTY2 KASUGA

TTY3 KOIDE *

TTY4 SHIONOYA

……..


TTYというのはテレタイプ端末のことである。TTY3端末からKOIDE君が呼んでいるらしい。


 片田はCHATと印字して、コントロールキーを押しながらGキーを押し、さらにリターンキーを押した。相手側のテレタイプ端末のベルを鳴らす信号だ。


CHAT KOIDE>DR.SANTA WILL BE HOLDING CHRISTMAS PARTY ON 12/21

CHAT KOIDE>ARE YOU GOING?


 サンタさんがクリスマス・パーティをやるのか。片田が微笑んだ。

 TTY2が片田の端末だった。片田は妹の嫁ぎ先のせいを借りて、春日順一、と名乗っていた。

 小出というのは、学園祭の時に彼に計算機の説明をしてくれた学生の名前だった。片田が大学にかようようになってから、なにかと世話になっている。少しおっちょこちょいなので、肩の凝らない相手だった。


CHAT “I THINK I WILL”


 片田が打鍵だけんして、リターンキーを押す。相手側のテレタイプに同一文字が印字されるはずだった。

CHAT KOIDE>OK,WELLCOME AFK


WELCOMEの誤字が小出らしい、片田が思う。AFKはアウェイ・フロム・キーボードの略で、通信終了を意味する。

 当世の学生がどのようなパーティをするのか、見てみたかった。


このCHATというのは、算田研究室の博士課程に在籍する学生が作ったプログラムだそうだ。計算機のメモリに常駐して、リクエストがあれば、指定したTTYに文字列メッセージを送ることができる。

TTY同士が電報のように文字列メッセージをやり取りできるものだ。

研究室や教室など、離れた所にいる者同士で、簡単な会話をするときに便利だった。

CHATというのは、英語で『雑談』を意味するとのことだった。


“メモリに常駐、か”そうつぶやいたとたん、片田の目の前に地平線が開けた。


 そうか、そういうことか。オペレーティング・システムとは、メモリに常駐して、こちらの要求を待って待機しているのか。

 FOCALで作る自分のプログラムは、プログラムを組んで、GOで実行させ、QUITで終了。終了すれば、そこで一連の仕事が終わる。それで、おしまい。そんなプログラムばかりを組んでいたので、常駐する、という意味がわからないでいた。


考えてみれば、FOCALもそうだ。

 片田が考えながらプログラムを組んでいるときに、FOCALはじっと待ち続けてくれている。そして、キャリッジリターンを押すたびに、プログラムを1行追加格納する。GOを押せば、格納されたプログラムを実行する。ずっと待ち続けてくれているのだ。オペレーティング・システムも同じだ。


 なるほど、そういうことなのか。



 研究室のクリスマス・パーティは河原町三条かわらまちさんじょう近くの居酒屋で行われた。二十人程である。鈴木女史と女学生二人も参加した。二人とも学部の四年生だった。

 算田先生が、アイスケーキを購入してくるとのことで、それがお目当めあてだった。

 この時期、普通のデコレーションケーキの形をしているが、クリームの部分がアイスクリームで出来ているクリスマスケーキが流行していた。

 算田教授が白いケーキの箱二つを持って店に入ってきた。歓声があがる。


 箱を開けると、ひんやりとした白い煙が見えた。鈴木女史と女学生が、店から包丁を借りて、アイスケーキを切る。

 男子学生の数人が、箱の中に残されたドライアイスを箸で持ち、水を入れたコップの中にいれる。

 ドライアイスの二酸化炭素が急激に気化し、泡とともに白い煙がテーブルの上にあふれ出た。これにも歓声があがる。


 ケーキの切り分けが終わり、算田教授が“メリー・クリスマス”と宣言してパーティが始まる。


 研究室の集まりなので、学部の三年以上の者達ばかりだった。飲酒も始まる。

 だんだん、男子学生の声が大きくなる。それを見計らって、鈴木女史と二名の女学生が帰ることになる。


 あとは学生の飲み会である。

彼らのコップに入っている酒は、合成酒という。エチルアルコールに糖やアミノ酸などを添加して旨味を出している。税率が低いので人気がある。現代の第三、第四のビールのようなものだ。


「わたしですか、わたしはPDP-8の上でLISPという開発言語を作っています。そのLISPで知識処理を行うシステムを構築できるか、それが私の研究テーマです」小室こむろという博士課程の学生が言った。

「知識処理って、なんですか」片田が尋ねる。

「AならばB、BならばCというルールを計算機に与えて置いて、AはCか、と尋ねた時にイエスと答える、そういうシステムです。数値計算ではなく、論理学を計算機で処理させようというものです」

「どのような機能が実現できるのでしょうか」

「そうですねぇ、たとえばもうすぐできると思われるのは、数式処理でしょうか。FOCALのように数値計算するのではなく、数式のままで、展開・因数分解・微分などが出来るシステムです」

「そんなことができるのですか」

「そこがLISPのおもしろいところです。ほかにも大量の医学的知識を登録しておいて、医師の診断支援などにも使えるようになるでしょう」REDUCEやMYCINのことを言っているのであろう。


「僕は、パーセプトロンの研究をしています。もうすぐコンピューターが数字や文字、人の顔を認識できるようになります」小出君が言う。おっちょこちょい君の割には雄大な研究テーマだ。


 片田の若い時とは全く違う人種のようであった。戦争の影がない。ナショナリズムもない。ただ明るい未来があるばかりだ。

 これはこれですばらしいことだと片田は思う。だが、それだけでいいのだろうか。日本はあの大戦争を戦い、破れ、二百万の軍人軍属が戦死し、民間人の被害も八十万人以上出た。日本中が焼け野原になった。片田達が行った戦争の結末だった。

 多くの人が、もう戦争はこりごりだと思った。


 そして、戦前とは大きく異なる国になった。軍隊を持っていない国だ。

 このあたりのことは、現代に戻った時、最初に調べたことだった。

 今は戦後の発展期だから、それでもいいのだろう。しかし、将来世界的に不景気になることもあるかもしれない。そうすると、どこかの国が、自分の国を第一優先として、ブロック経済圏を作り始める。

 やがて、他の国々もそれぞれにブロックを作り、ブロックごとの争いにエスカレートする。それが大戦争に至ることもあるかもしれない。歴史は繰り返してきた。

 そうなったときに、このままでいいのか。


 宴の終わりが近づいた。

 算田教授が立ち上がり、宴をめる演説を行う。

「コンピューター学徒の諸君。半導体は、その原理的に言って、将来ますます進歩する。現在の数百万倍、数千万倍の性能を出す日も遠くないであろう。磁気記録装置も同様である」

「そうなったときに、コンピューターは何に応用されるであろう。まず、日本語が使えるようになるだろう、ついで音声や音楽。画像や動画などを扱う処理能力も持つであろう」

「さらにコンピューター同士の通信手段も進歩することは間違いない。世界中のコンピューターが繋がって楽曲や映画をやりとりする時代も遠くないであろう」

「そうなったときに、何をコンピューターで行うか。これには無限の可能性がある、間違いなく、現在では思いつきもしない利用方法が登場してくるであろう。なぜならばコンピューターは汎用性があり、性能は日進月歩だからである」

「現在では扱えないような大量の計算処理が何をもたらすか、それはまったくの未知数なのである。したがって、学徒諸君の未来は明るい。諸君の未来に向けて乾杯しようではないか」

「乾杯!」


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[一言] まさかゲームをするとはここにいる全員が夢想もしまいて
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