学園祭(がくえんさい)
一九六七年の秋が終わりかける。
京都にある大学の工学部で学園祭が行われ、電子計算機の展示があるという。
片田は電子計算機なるものに興味をもった。それで、電車を乗り継いて京都まで行くことにする。
良く晴れた秋の日だった。桜井駅から大和八木駅まで行き、奈良盆地を北上する。田の多くは既に刈り取られている。透き通るような空気の先に、西の金剛山地、東の笠置山地が見える。
どちらも室町時代に見た時のままだった。
大和西大寺で乗り換え、京都に向かう。奈良の周辺は都市化が始まっている。
列車は木津川に沿って進み、その川を渡る。左側に広大な田が拡がる。巨椋池干拓地だ。さらに宇治川の鉄橋を渡ると、家が増えて来て、京都らしくなってくる。
列車が京都駅に入る。北口広場で市電に乗り、乗り継いで百万遍近くの大学にたどり着く。
大学の構内に入って、工学部を探す。人が多い。
子供が、大きな白い紙を持って教室から出てくる。あそこが目的の場所であるらしい。
電気タイプライターのけたたましい音が響く教室に入る。
音の源に目を向けると。なるほどタイプライターのようなキー配列が目に入る。
キーの後ろにはタイプライターの印字部分のようなものがある。
驚くのは、人間がキーを押していないにもかかわらず、紙に印字されているということだった。それも人間には到底不可能と思われるほど高速である。
紙は連続しているらしい。横四十センチ、縦三十センチ程度の紙がミシン目で接続されている。
紙の両側には丸い穴が規則正しく空けられている。
この穴をスプロケットという歯車のようなもので押し上げて改行している。
印字されたものをよく見ると、ダ・ヴィンチのモナリザである。英文字や記号で濃淡を表していた。
現代の人間ならばアスキーアートというだろう。
モナリザが上から下に印字されていく。
二枚目の紙にも連続して印字する。
下半分が余ったな、と思ったら、そこに一九六七年のカレンダーを印字して電動タイプライターが停止した。
傍らに立っている学生が、ミシン目のところで器用に紙を切断し、子供に渡す。子供が歓声を上げながら受け取り、紙面をまじまじと見た。おみやげとして持ち帰ってもいい物らしい。
「これが電子計算機というものなのですか」片田が電子タイプライターのようなものを指して、学生に尋ねる。
「いえ、これはテレタイプという機械です。計算機に命令を入れたり、計算機が計算した結果を印字出力したりする道具で、入出力装置とも言います。電子計算機はこちらです」学生がそう言って、傍らの鉄製ラックを指さした。
そこには衣装ケース程の機械が置かれており、横一線に並んだ電灯が五段、その下に琴爪を並べたようなスイッチらしきものが、これも横一線に並んでいた。
電灯群が忙しそうに点滅している。確かに計算機と、学生がテレタイプと呼ぶ機械が電線のようなものが繋がれていて、おそらく何らかの電気信号が行き来しているのだろう。
「これが計算をするのか」
「ええ、そうです。今は計算機らしからぬ使い方をしていますが、確かに計算もできます。学祭の時は、計算をさせるより、このような印字をする方が来場者の方々が喜ぶので」学生がそう言いながら、キーボードの左にある紙テープを止めている金具を起こす。
紙テープを外して片田に見せる。
「紙面に波のような蛇行した矢印があるでしょう。この端は終端です」そういって、紙テープの反対側の端を床から拾い、片田に見せる。
「こちら側が先端です」確かに矢印が先端に向かっていた。
「これを、このようにテープリーダーに装着します」学生が、さきほどテープを外した金具に先端を取り付ける。
「この紙テープには、穴が不規則に空いているでしょう」
「そうだな」片田がテープを見ながらうなずいた。
「このテープは一列に七つの穴があけられます。その穴の組み合わせで、記号をつくることができます。一列がコンピューターに何をさせるか、という命令一つにあたります。複数の命令を連続してコンピューターに与えることも出来ます、失礼、コンピューターとは電子計算機の事です」
「複数の命令を与えられるから、複雑な計算が出来る、ということか」
「そうです。一連の命令をプログラムまたはコンピューター・プログラムと呼びます」
「プログラムか」
「そうです。モナリザを印字するプログラムはそれほど難しい物ではありません。紙テープの、だいたいこのあたりまでがプログラムになります」そういって学生が紙テープの先頭から数十センチ程までの所を指さす。
「残りの大部分は、何がかかれているのだ」
「モナリザの模様です。どの文字をどの順番で打つのか、と言う情報が入っています。そういうのをデータといいます」
「最初に命令群を読ませ、次にデータを与えてやり、計算機はデータを印字するという命令群に従って動作して、紙に印字するという手順だな」
「そうです、そうです。それをコンピューター工学では、それぞれ、入力、処理、出力といいます。お客さん、学者の先生ですか」学生が尋ねる。
「いや、そうではないが」片田が言いよどむ。正体を知られたくない。礼を言って離れようとしたら、後ろから声をかけられた。
「コンピューターに興味がおありですか」片田が声の方に向き直る。
「もしよろしければ私の研究室で、もうすこしご説明させていただきたいのですが」見ると片田と同年齢か、すこし若いような男が立っていた。
「計算機工学科の算田といいます。この研究室を主宰しています」




