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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 外伝
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エピローグ4 白底翳(しろそこひ)

 居酒屋いざかやが現代のように、座席と卓を備え、酒と料理を提供するようになるのは、江戸時代頃とされているそうだ。

 室町時代末の片田達の時代には、醸造屋さかやという酒造する店が店頭で販売していた。

 店先には縁台が置かれ、人々はそこに座って飲んだり、店が設けた棚に寄りかかって立ち飲みしたりしていた。

 酒屋の周囲には、そういった酒客しゅかくに料理を提供する屋台が出ている。鳥、ウサギ、鹿やイノシシなどの肉を串焼にしたもの、漬物、干魚ひざかな、芋や野菜の煮物などが売られている。

 獣肉の禁はそれほど厳格なものではなかったらしい。


 ことに応仁の乱が始まってからは、下京あたりでは深夜になるまで西軍の兵が集まり、にぎわっていた。




 そんな店の一つに、山崎公世きみよが、今夜も居た。


 このように酒を飲んでいても、なにも解決できない。それはわかっている。せめて菊丸が元服するまでの五年程、二人が生き続ける方策がないものか。

 大名屋敷の周りに『かまえ』と呼ぶほりを掘る仕事や、井楼せいろうを建築する仕事に応募してみたが、片手が使えないということを知ると、断られた。

 穴は掘れないかもしれないが、物を運ぶことくらいは出来る、と言っても、面倒なだけだといって断られる。

 三条の医師のところに行き、なにか手伝えることはないか、と頼んでみた。

 やはり、片手がつかえないのではのぉ、と気の毒そうに言われた。


 夜、蔵の中で床につくと、先々の心配で眠ることが出来ない。それで酒に手を出すようになった。酒には銭がいる。このようなことをしていても、壺の銭を減らすばかりで、寿命を縮めるだけだった。でも、一時でも不安から逃れられる。

 公世の周りでは、西軍の兵達が酔ってわめていている。

<あのいくささえ起きなければ、今でも家族四人で暮らせているのに>

 公世は戦を憎んだ。


 人は、やるべき事がない時、一番つらい。


 半年程も、そのようなことを続けた。夜はだんだん寒くなってくる。

 ある日、意を決した。このままでは共倒れだ、せめて菊丸だけでも生かそう。


「菊丸、兄さんは仕事を探しに行く。このあたりでは兄さんが出来る仕事がなかった。なので少し旅に出る」

「旅にって、どこに」

「どこかは、決めていない。仕事が見つかるまで戻ってこない」

「いつまで、とか決めないの」

「ああ、そうだ」続けて公世が言う。


「この壺に、最初あった六十貫の半分、三十貫を残しておく、これでしのいで欲しい。残りは兄さんが旅に持っていく」

かあさんが死んじゃったのに、兄さんまでいなくなるの」


「俺といると、菊丸が不幸になる」

 公世くらいの年の若者が考えがちなことだった。


 菊丸には、その言葉の意味がわからなかった。


 昼間、目がまぶしくて、物が良く見えない。それが母を亡くした頃より悪くなっている。しかし菊丸は、それを兄に話していない。

 言えば、兄が今以上に苦しむことになるだろうからだ。


 二人はたがいに相手を思いやっていたのだが、すれ違ってしまった。

 その夜、菊丸が寝ている間に公世が蔵から出て行った。




 菊丸の一人暮らしが始まる。

 最初にやったのは、烏帽子えぼしを購入することだった。それを頭に着け、少しでも年長に見られるようにした。

 そのようにして、簡単な日雇ひやといの土木作業に参加する。若すぎる、ということで稼ぎは大人の半分にされたが、それでも彼一人ならば、壺の銭を減らさずに済む。


 年を越し、春になる。

 日差しが強くなってくると、また例の眩しさに悩まされる。

<悪くなるのが、はやすぎるのではないか。これでは大人になる前に目が見えなくなるかもしれない>。菊丸が心配する。


 三条の医師のところに、目のことについて、相談しにいった。

「これは、白底翳しろそこひのようだ。としを重ねると、多くの者が底翳になるが、菊丸のような子供がなるのはめずらしい」白底翳とは、現在の白内障はくないしょうのことだ。

 大きな心痛しんつうを受けたり、栄養が極端に不足したりすると、人間の体の弱い部分に不調がおきることがある。菊丸の場合は、弱点は目のようだ。


「先生は、直し方をしっているの」

「いや、白底翳のなおし方を知っている者はいない」

「では、治らないのですか」

「治すことはできないが、進むのを遅らせることはできるかもしれない」

「どうやってですか」

「きちんと食べて、良く寝る。すこやかに暮らしていれば進むのを遅らせることが出来ると聞いたことがある。また、の光をじかに見るのを、なるべく避けたほうがよい」



 日雇いの仕事を減らすことにして、万が一、目が見えなくなった時の準備をすることにした。

 まず、壺の中から、銭や片田銀を取り出し、目をつぶって、にぎったり、でたりする。見なくても感触で区別できるようにならなければいけない。

 布や木、土壁なども、ていねいに撫でて感触を覚える。


 同時に庭訓往来や節用集、筆記具を買ってきて、字を学ぶ。目が見えているうちに、なるべく多くの文字、言葉を覚えてしまわなければならない。そう思った。

 菊丸は、はっきり理解していたわけではない。けれども言葉を知るということは、その言葉が表す概念を操作することができる、ということに通じる。

 なので、なるべく多くの言葉を覚えておこうとした。


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[一言] 片田村に行けば公世にも仕事があったろうな...
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