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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 外伝
301/611

エピローグ1 菊丸

 戦争の被害にあうのは、戦場に出る兵士達だけではない。ことに応仁の乱のような市街戦では、市民にも多くの被害が出る。

 家を焼かれ、生業せいぎょうを失い、親を殺された子供達。彼らは生き延びても将来の芽をまれてしまう。


 菊丸きくまるは、そのような子供だった。


 菊丸の家は京都みやこ一条室町の老舗しにせ香屋こうやだった。店の名を桃林堂とうりんどうといった。

 桃林堂は、応仁元年五月、上京かみぎょうの戦いの時に足軽に襲撃され、主人の山崎公延きみのぶが殺害され、母の保子やすこが重傷を負う。

 その夜、上京を焼いた火災が、桃林堂の店舗にも襲い掛かる。


 元服したばかりの兄、山崎公世きみよと菊丸が傷ついた母を担いで、命からがら炎上する店舗から抜け出す。

 桃林堂店舗が、沈香じんこう抹香まっこう妖艶ようえんな香りを放ちながら焼け落ちる。


 火の粉が掛からぬところまで母を運んだところで、一条大路に横たえる。この時、公世は自分の右手に大きな火傷やけどを負っていたことに気付いた。

 三人の上に、空から激しい雨が降ってくる。




 翌朝、焼け果てた桃林堂の奥にくらが残っていた。蔵のとびらは開かれている。火災の前に足軽どもが香を盗んでいったからだ。

 母親を蔵の中に運び入れ、仮の住まいとした。




 通り土間の跡に井戸が焼け残っている。縁の下の米櫃こめびつと味噌のたるも無事だった。当面の食料には困らない。

 ただ、母の刀傷と、公世の手の火傷、どちらも重傷だった。煮炊きは菊丸がやるしかない。幸いへっついかまなべなどは焼け残った。井戸から水をみ、洗って食事を用意した。


「手、痛いのか」菊丸が兄に言う。

「ああ、我慢できない程痛い」兄の右手は焼けただれて皮ががれていた。右ではしを持つことが出来ないので、左手で不器用ぶきように飯を食っていた。


かあさん、おかゆだ」そういって、母の頭を高くしてたべさせようとする。

「わたしは、まだ苦しくって、とても食べられない。お前たち二人だけで食べておくれ」そういって食べようとしない。


 食事が終わり、医者を探してみることにした。菊丸が三条のあたりまで行き、医者を訪ねる。

「先生は、昨夜から大忙しなんだ。いつ行けるかわからない。一条室町の桃林堂だな。よし、書き留めておく。けれども何時いけるか、約束できない」医師の門人と思われる若者が菊丸にそう答えた。


医院いいんから帰って来て、兄弟二人で焼け跡を探す。なにか売り物になる物があるかもしれない。

 

 青磁せいじ聞香炉ききこうろ、金属製の銀葉挟ぎんようばさみなどが見つかった。あかがねや鉄のくぎなども出て来た。市で売れれば、いくらかの足しになるだろう。

 蔵の中も探してみる。二階の隅に、足軽が見落とした銭貫ぜにつらが一本見つかった。二人がほっとする。



 翌日、医者が来た。小刀で母の腹を切開せっかいし、腹に溜まった悪い血を抜く。

「これで、急場はしのげるだろう。あとは体力次第だな」そういって、傷口を洗い、飲み薬を菊丸に渡す。

「一日二回、朝晩これを母親に飲ませるんだ」医師がそう言い、菊丸がうなずく。

「次は、兄さんの方だな」そういって兄の手を診察する。


「こちらもひどいな。これでは右手は使えなくなるかもしれない」そういって、注意深く右手を洗い、綿布めんぷ膏薬こうやくを塗り、兄の手を包んだ。

「この膏薬を布にぬり、一日一回交換してやるんだ」これも菊丸に十日分程の量を渡す。


「おだいは、いくらですか」菊丸が問う。

「ん、焼け出されたのに、銭を払えるのか。ならば、受け取るが、そうだな百二十文だが」

 菊丸が昨日、蔵で見つけた銭貫から、銭を外して支払う。


 医師が銭を受け取って母親に尋ねる。

「近くに住む身内みうちは居るか」

「それが、主人は三代続いた独子どくしで、近しい親戚がおりません。この子達二人がともに袴着はかまぎを迎えた時には、それはもう喜んだものでした」


「そうか、頼る者がいないのか。お前様の方の親戚しんせきはどうなのだ」

さき飢饉ききんの後の流行り病で、こちらも皆」

「そうであったか」


 これは、この家族のく末は気の毒なことになりそうだな、医師が思った。


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