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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順
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水!

 目が覚めた。『おたき』さんに言いつけられたことをしておかなければならない。『おたき』さんというのは、昨夜食事の世話をしてくれた村の女性のことだ。

 明朝も私が来るが、私が来る前に、水汲みと『へっつい』(かまど、竈)の火起こしをしておいてくれると助かる、と言われていたのだ。やり方は昨日の内に教わっている。


 まず、水を川から汲んでくることにした。土間にある手桶二つを適当な間隔で置き、桶の取っ手に天秤棒の両側を通す。おたきさんがツクと呼んでいた棒の突起に手桶の取っ手を引っ掛ける。天秤棒は中心部が平たくなっているので、担いでいる間に棒が回転して手桶が外れてしまうことはない。


 寺の敷地の南西側が川に接しているので、距離は近い。天秤棒を担ぎ、川に面した勝手口を開けると、川は二メートルほど寺より低いところを流れている。

 勝手口を出て、斜面を斜めに下りる。毎日使っているために、自然な小道になっている。手桶二つに水を入れ、天秤棒を担ぐ。手桶は一斗(約十八リットル)ほどだと言っていたので、二つで三十六キログラム程度の重さだ。慣れないので、少しグラグラするが、持てないことはない。


 慎重に坂を上って寺の土間に戻る。へっついの左にある水甕みずがめの中に手桶の水を入れる。中を覗いたところ、『おたき』さんが言っていた通り、もう一斗ほど必要だ。川に戻って水を汲み、坂道を上る。上り切ったところで、先ほどは気づかなかった水車が対岸に見えた。おお水車だ、と思った途端に油断して転んだ。


 ののしるが、誰が相手をしてくれるわけでもない。湿った服に付いた泥を払って、もう一度川に下りて水を汲み、慎重に土間に戻った。一斗は水甕に入れ、もう一つの手桶は手に持ち、トイレの側の手水鉢ちょうずばちに入れる。ついでにそこにあった柄杓で両手に残っていた泥を流した。


 次は火起こしだ。昨日『おたき』さんに見本を見せてもらっているが、あまり自信はない。片田の時代にはマッチが普及していたからだ。へっついの前の風の来ないところにしゃがんで細かい木屑を解す。この木屑を火口ほくちと言う。火打石という石英の欠片に、使い古しの鎌の鉄の部分を打ち付けて火花を起こす。その火花で火口に小さな火を点ける。それを少し大きな火にして、付木という松の木を薄く切った物に火を移す。付木が燃えると、ようやく火らしくなってくる。その付木の火をへっついの中に置いた松の枯れ葉に移せば成功である。昨日『おたき』さんは片田の前で、いとも簡単に実演してみせた。


 片田は、石英を鎌の金属部分で叩き、火花を起こした。意外と簡単に火花が散る。これはいけるかな、と思う。火花が火口に当たるように火打石を叩く。火花が火口に移り、赤い色になる。お、やった。いけるぞ。すかさず付木を炎に当てる。しかし、火口の火は、すぐに消えてしまい、黄色い火口の先に黒い炭色が残るだけだった。もう一度やってみる。火口の先が赤くなるが、やはり付木を燃やすほどにはならなかった。何度やっても同じだ。手が痛くなり、一旦石と鎌を放り出す。目の前にあるのは、点々と黒い模様が付いた火口だった。


「おはようさん」『おたき』さんが土間に入ってきた。

「あれ、火、かんかったか。かしてみ」

 そう言って『おたき』さんは、火口を整えると、火打石と鎌をつかんだ。二、三回打つと火口に火が点き、付木に火を移し、松葉が燃えた。

「水は汲んでおいてくれたのら、ありがと。ってびしょぬれでねか。こけたのけ」

「桶がぐらぐらして」

「ぐらぐらするんなら、両手で桶をおしやん、言わんとわからんと」おたきさんはそう言って笑った。

”言われてみればそのとおりだ”片田は思った。

 それから二人で飯を炊き、汁を作り、塩漬けにしていた漬物を切り、小魚の干物をあぶって、朝食の用意は終わった。




 数日が経った。村で騒動が起こった。好胤こういんが言うには、『とび』の村は田植えの最中で、田に入れる水が必要だった。水は雨水だけでは足らないが、川は田よりも低いところを流れている。そこで、上流のところで水を取り、竹筒を繋いで村まで引いていた。その工事は『とび』の村と慈観寺がある側の『わき』の村の共同で行ったため、途中で『とび』の村七、『わき』の村三で分け合うことにしていた。

 ところが、昨日の夜中に目が覚めたある村人が水が流れてきていないことに気づいたという。けれども今朝起きた時には水は流れてきていた。そこで、『わき』の村の連中が夜中の間だけ水を独り占めしているのではないか、と言い出す者が出てきた。

 『わき』の村に談判に行こう、ということになり、先ほど村の衆がくわかまを持って慈観寺の前を過ぎていった。中にはやりを持っている者もいた。物騒なことだ。




 毎朝の水汲みは面倒だ。それを何とかしたい、と片田は思った。


 片田は寺の境内の一角の竹林を眺めていた。竹は二十メートルほどの高さだ。数本採ってもいいと好胤から許可を貰っていた。使用人部屋にある道具箱からのこぎりのみなたを持ってくる。

 数年物と思われる同じような太さの竹を二本選んで鋸で切り倒し、鉈で枝を刈った。それらを勝手口から河原に持ち出す。


 まず一本目の竹を十五メートルほどのところで先端を切り落とす。ついで鉈を使って縦に二つに割いた。割いた竹の節を鑿と木づちで取り除いた。この作業は面倒だった。全部の節を抜いたところで、荒縄で軽く合わせておく。

 もう一つの竹も同じように二つに割いて節を抜いた。そして、はじめの竹の内径を測り、二本目の竹を割いたものの一方をその長さでさらに割いた。


 次に片田は、河原の乾いた流木や雑草を集め、火を点ける。おたきさんの特訓で火の点け方は上達していた。内径に合わせて割いた竹を焦がさないように、焚火にかざして温める。温めては河原の石に押さえつける。すると温まった竹は柔らかくなっていて、平たくなる。全体が平たくなったところで鑿を使って、節のところを平たく削る。今度はその竹をねじり始める。すると竹は容易に螺旋形になった。


 竹がそんなに簡単に変形するのかと思われる方もいるかもしれない。しかし竹も木も熱することで、案外簡単に変形する。片田が幼かった頃、ゴム動力で飛ぶ紙飛行機というおもちゃがあった。竹ひごで翼の枠を作り、紙を貼って翼にする。紙飛行機のキットには、直線の竹ひごが入っていて、子供はそれをろうそくの火で炙って、主翼や尾翼の形に変形させるのである。したがって竹が熱により簡単に曲がることを片田は知っていた。


 螺旋形になったところから、最初に割いた竹を縄で仮止めした中に入れて螺旋が反らないようにした。温めてはねじり竹筒に入れ、さらに温めてはねじり、竹筒に入れた。全部入れてしまったところで、一度仮止めした縄を解き、中を確かめた後に、改めて縄で本締めをした。


 仕上げに焚火で湯を沸かし、竹筒に流し込む。竹筒を回しながら湯を入れていくことにより多少の隙間があっても竹が変形して密着してくれる。熱を加え終わった後、さらに別の縄で締め付けた。

 アルキメデス式揚水スクリューの出来上がりだ。さっそくスクリューの取水部分の先端を川に入れる。出水部分は、慈観寺の勝手口の脇にすることにした。


 竹の枝の中で太い物を選んで三脚を二つ作る。片方は川の中に入れて石で固定し、その上にスクリューを載せる。先端部分が水の中にあることを確認する。もう片方は、勝手口側に置くことにした。

 さて、やってみよう。竹筒を回してみる。

 回して回して回してみる。やっと水が出てきた。水が出るには出るが、竹の合わせ目から漏れる水も多少あり、これは思ったより面倒だ。さてどうしよう。竹筒に回すための取っ手を付けるか。それでも十分そうだが、そうだ。片田は土間の隅に使わなくなった釜の蓋があるのを思い出した。


 竹筒の手に持って回していた部分にのみで、ぎざぎざの歯車のような削りを入れる。次に土間に行って釜の蓋を持って、その縁の部分に縄を通す凹みを一周刻んだ。その後釜蓋かまぶだの中心に丸い穴を開ける。

 三脚をもう二つ作り、その間に釜蓋を置き、釜蓋の穴に竹の枝を一節切って通し、その枝を三脚に載せた。荒縄を持ってきて輪を作り、上は竹筒に掛けて一周させる。下は釜蓋の下を回るようにして、適度に釜蓋の重みが竹筒に掛かるようにきつく結ぶ。


 さて、回してみよう。釜の蓋には二本の持ち手があるので、そこを持って回すことが出来る。竹筒の直径は十センチメートル程度、釜蓋の直径は大体五十センチメートルくらいなので、釜蓋を一回転させると、竹筒が五回転する計算だ。

 釜蓋を持って回してみる。竹筒がカタカタという音を立てて高速で回転する。蓋を回すだけでどんどん水が出てくる。

<ガトリング銃のようだ>片田は嬉しくなって、歓声を上げながら何度も何度も回した。水がどんどん溢れて、周りに飛び散り、流れ落ちていく。




 『わき』の村に談判に行った村の衆が帰ってきた。腕や足に応急の布を巻いた者がいる。目の回りや唇が紫や桃色になっている者もいた。結構やらかしたようだった。

「夜の間に水を分ける板が偶然倒れたんだろう。朝になって気づいたから元に戻しておいた、なんて信じられねぇ」

「今夜から交代で見張りを立てよう」

 そんなことを言いながら村の衆は、慈観寺脇の橋を渡った。右手の方で歓声と水が勢いよく流れる音がした。

 村人たちはそちらの方を見た。

「……」


挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
[一言] 工作の手順の説明は簡単でよい。くどすぎる。
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