組合(くみあい)
『洛陽新報』に掲載された、『南洋株』保有者一覧は、小猿達が取材したものだ。
彼らは何日も『うさぎや』の動静を探り、遂に野洲弾正忠の脇息に、南洋株の取引き台帳が隠されていることを突き止めた。
夜間に『うさぎや』に侵入する。
脇息から台帳を取り出して、縁の下に持ち込み、夜じゅうかけて、転記する。それを二晩続けて一覧を入手した。
『洛陽新報』の、この記事は、いくつもの話題を提供したが、その内で最大のものは<守護債と『南洋株』の交換量が、これほど多い物だったのか>ということであった。
全体の発行量の約八割が守護債と交換されていた。
かねて、『洛陽新報』は、発行された新株の八割程が守護債との交換に流れたのではないか、という記事を掲載していたが、根拠はなかった。
あまりにも途方もない比率になるので、それを信じる者は少なかった。
そこに、実名入りで全ての取引一覧が掲載されたのである。
実際に記事に書かれている土倉や問丸は、自分達の取引が日付に至るまで正確に報道されているのを確認した。
自分の取引が正確ならば、他の取引についても真実が書かれているのだろう。かれらは記事を信じた。
自ら保有する細川勝元の守護債を南洋株と交換する、と決めたのは彼ら自身である。他の誰に責任を押し付けることも出来ない。
しかし、全容がここまでということになると、守護債の利払いを嫌った細川勝元が、南洋株を利用して守護債を回収することを謀った。自分たちはそれに乗せられたのではないか。
そのように考えたくもなる。
それに加えて、昨今の株価急落である。これは南洋社が謀ったことではないであろうが、このまま放置したら大変なことになる。
『上京の戦い』を生き延びた正実坊の屋敷。
正実坊とは、比叡山の庇護下にある土倉で、当主の正実衍運は僧侶である。
正実坊の広間、衍運の前には、南洋株を保有する土倉、問丸などの主人が集まっていた。
「細川武蔵守(勝元)と『うさぎや』には一杯食わされたようじゃ」衍運が言った。
「どうも、そのようじゃ。今回の件は『うさぎや』による守護債の回収が目的だったのであろう」
「わしも、そう思う」
「当時は、元本を回収できなかったからな。武蔵守に借換を強要された。換金できないよりは、と思って南洋株に手を出してしまったのだが」
「それにしても発行株数の八割が守護債との交換とは。これでは一株あたりの利益は少ないのだろうな」
「ところが、そうでもない。時価で交換しているので、発行株数は、それほどでもない」
「今日の株価は、どうなっている」
「片田村取引所で南洋株一株が百八十貫まで下がっています。堺も似たようなものです」
「百八十貫か、そろそろ危険になってきたな」
ここに集まっている者達は、六十貫から百二十貫くらいの価格の時に守護債と南洋株を秘密裡に交換していた。
「さて、今日皆に集まってもらったのは、藍屋から提案があったからだ。藍屋、説明して欲しい」衍運が藍屋に振った。
「はい、ここにいらっしゃる皆さまは、多くの南洋株をお持ちです。ここで組合を結成して、南洋株主の利益を守りませんか」藍屋こと藤林友保が問いかけた。
「どういうことだ」
「はい、ここにお集まりの皆様がお持ちの南洋株で、南洋株全体のどのくらいの割合になるでしょうか」
「南洋株は以前から発行されていたが、それでも、ここにいる者だけで南洋株全体の六割くらいになるだろう」
「そのようになるでしょうね。ですので、組合を作って意見の統一を図るのです」
「しかし、わしらが持っている株は無記名株だ」
「はい、それらについては、全員が取り急ぎ南洋社に記名登録を申請するのです。これについても全員が一致して行動することが大事です」
「記名しても、一年後だぞ、議決権を得るのは」
「一年後でも、いいではないですか。楽しみに待てばよいのです。一年後には組合株だけで全体の六割以上になります。議決権も人事権も握ることになります。以後、南洋社の経営は組合が行うことになります」
「そういうことか」
「はい、加えてこれだけの方々が集まれば、株の買い支えも出来ます。皆様が、あと少しずつ投資して南洋株を百五十貫くらいで買い支えるのです。そうすれば、組合に参加する方々の利益を守れます」
「それは、うまくいきそうな気がするが」
「大事なのは、ここにいる皆様全員が意を一つにすることです。そうでなければ経営権を握ることも、株価の買い支えもできません。全員一致が重要なのです」
『洛陽新報』の記事のおかげで、ここにいるすべての人間が、お互いにどれ程の南洋株を持っていて、総額がどれ程なのか、知っている。
「たしかに、皆が互いに思惑を探りながらでは、買い支えもままならぬ」
「この組合結成に反対する者はいるか」衍運が皆に向かって言う。反対する者はいなかった。
「意見の統一、一致した行動に賛同するか」もう一度衍運が問う。みな同意した。確かにこの場面では全員が一致団結して行動することが、何より必要だった。参席者の全てがそれを理解した。
参加者全員の一致で『南洋株主組合』が結成されることになり、組合を経営する事務局の長は藍屋が務めることになった。




