蒸気タービン
『ふう』が見ている前で、犬丸と『えのき』が遊んでいる。古くなった箸と竹ひご、それに四角い紙の四隅に切れ目をいれたもので、風車を作っている。紙の中心に竹ひごを通し、紙の二つに割れた四隅の片方を曲げ、竹ひごの先端にドングリで止める。
犬丸が腕を立てて、風車を風に当てる。くるくると回った。
”私にもあんな頃、あったなぁ。石英丸や茸丸とあんなふうにしてたっけ”『ふう』は思った。
『ふう』は数えで、十四歳になっていた。犬丸と『えのき』は九歳だ。
いま、『ふう』が考えているのは、高速で回転する動力の作り方だった。蒸気機関でも回転する動力は作れるが、回転速度が遅かった。動力側に大きな歯車をつければ、高速回転を得られるが、歯車が大きくなるほど重くなり、蒸気機関に負荷がかかる。彼らが作ることのできる蒸気機関は、まだそれほど強靭なものではなかった。
もっと軽快に動くものが欲しかった。
そういう動力があれば、例えば木の椀を作るのが簡単になるだろう。金属の穿孔なんかにも使える。力はそんなに強くなくてもいい。
”揚水機、回ると水が揚がってくる。違うな。風車、うーん”
良い考えが思いつかない。
犬丸とえのきが、鍛冶場に隣接する蒸気窯の方に走っていった。
”あっ、あそこ。蒸気パイプに漏れがあったはず”『ふう』は立ち上がり、彼らのあとを追った。もっと早くに直しておけばよかった、と『ふう』が思う。
角を曲がり、蒸気窯が見えるところに来ると二人がいた。犬丸が、パイプから漏れている蒸気に風車を当てている。非常に速く回るのを見て、二人はケタケタと笑っていた。
これだ。『ふう』は思った。筒と螺旋を切り離せばいいんだ。
「そこ、危ないから離れな」ふうが言う。そういってふうは二人を遠ざけた。
二人を家に送ると、ふうはその足で学校に向かった。試してみたかった。筒は、和紙を三枚程張り合わせたもので強度は十分だろう。あとフイゴと丸い板二枚。細長い竹枝を軸にして、竹板で作った羽を付ける。そんなものがあれば試せる。羽根車が回るところを想像する。これは、いける。
教室に入る。そこに石英丸と『あや』がいた。
『ふう』の胸がドキンと鳴った。音が二人に聞こえたんじゃないか。
「あら、ふうちゃん」あやが言う。手になにか小さく青いものを持っていた。
「どうした、ふう」石英丸も『ふう』に声をかけた。
「な、な、な、なんでもない」『ふう』はそう叫んで、きびすを返し。今きた道を村に向かって走っていった。
「ふうが、あんな調子で駆け込んでくるときは、なにか思い付いた時なんだ」石英丸が言った。
「あら、そうなの。なんで帰っちゃったのかしら。それより、これ、きっと似合うと思うわよ。新製品なの、あげるわ」そういって、『あや』は石英丸に一対の青い鮎を渡した。
鮎というのは、眼鏡の両脇に付ける飾りのことである。石英丸は去年くらいから視力が落ち、眼鏡を使っていた。
「ありがとう」
「じゃ、私、帰るわね」
「なんなんだ。なんなんだ」
走りながら、『ふう』は考えた。そして、疲れたので走るのをやめ、歩いた。
二人を見た途端、自分が引き返した理由がわからなかった。
”あやちゃん、きれいだし、女らしいし、いくつだったっけ、数えで十七だったかな。石英丸も十八だし。やっぱそうなのかな。私なんか男とかわらんし”
”ん、なんでそんなこと考えてんだ。あーもう、やだ”
翌朝、学校に来たふうは不機嫌だった。昨日のこともあったが、石英丸の眼鏡に、『あや』の青い鮎が付いているのも気に入らなかった。
<石英丸はバカだ>
「石英丸が鮎なんて付けてるの、めずらしいな。そういうのわずらわしい、って言っていなかったか」茸丸が言う。
「あやにもらったんだ。もらいものだから、一度くらいは付けないとな」
魚の形をした青いガラス玉のなかに、銀や紺色のこまかい砂が入っていて、その下に短い絹の房がついていた。あやが新製品だというだけあって、凝ったものだった。
三人が最初に作った風車は、紙筒のなかで、くるくると回った。ここまでは当たり前だった。さて、この風車をどう効率化させていくか。
筒の外に出した風車の軸に円盤をつけ、重りをつけた糸を垂らしてトルクを測る仕掛けにした。
「羽の枚数を増やせば、当然よく回るようになるだろうな」茸丸がいった。
「しかし、それだと、軸の径を太くしなければならない。いまは軸も紙筒でつくれるが、実機の時は鉄筒をつかうことになるだろう。重くて効率が落ちないか」石英丸が答える。
「筒をなるべく薄くすることにしよう。そのとき強度が弱くなるから、円筒形じゃなくて、空気が入る側の頭を丸くすればいい」
「外側も合わせて丸くしなければならないな」
「それでは、全部作り直しになる。その前に、今のままで羽根車を多段にして試してみよう」
二人が相談している間、『ふう』は思っていた
<石英丸はバカだ>




