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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 外伝
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守護債整理計画

 藍屋与兵衛よへえこと藤林友保ともやす京都みやこに帰ってきたのは、応仁二年(西暦一四六八年)の師走しわすが暮れようとする時分だった。

  この期間、彼は片田から預かった四万貫を西軍各国の反体制勢力にバラいてきた。筑前ちくぜん周防すおう美作みまさか備後びんごなどで領主不在のすきを突いて蜂起ほうきが起きていた。

 大内政弘まさひろ、山名宗全も、京都に落ち着いていられなくなってくる。


 京都には、北陸道から東軍の兵士達が到着し始めていた。安宅丸がウツロギ峠の閉塞へいそくを解いたからだ。京都に帰ってきた友保の目にも、東軍の兵士達が目立つようになっていた。

 間に片田商店軍がいるので、東西軍が表立って衝突することはない。


「ただいま戻りました」藍屋与兵衛が細川勝元邸におもむき、薬師寺元長もとなが上洛じょうらくの挨拶を述べる。

「おお、戻ったか。ずいぶんと日に焼けたのぅ。旅はどうだった」元長が懐かしそうに言う。

「は、西国も少し荒れ模様でした。これから乱れていくのかもしれませぬ」荒らしているのは藤林友保、すなわち藍屋自身であった。

「そうか。都がこのようでは、地方もしだいに荒れていくであろうな、物騒なことだ」


「はい、都のいくさんだのは、ご祝着しゅうちゃくでございます」

「うむ」元長はうなずくが、なにか浮かぬ顔をしている。

「なにか、ご心配事でもありますか」

「うむ、戦が止んだのはよいのだが、そのため、米価が下がっておる」

「おお、それは確かに。そうでしょうな、戦で止まっていた米が京都に流れ込みはじめているのでしょう」

「そうじゃ。いままで京都に入る米の多くは丹波たんば摂津せっつの一部からの細川米だった。それで高値で取引されていたが、停戦により全国から米が来るようになった」


「米価が下がると、なにかお困りのことがあるのですか」

「ある、そちにも関係がある」

「わたくしにも、関係があるのですか」

「そうじゃ、来年八月の借換かりかえの銭がそろわぬかもしれぬ」


「なるほど、そういうことですか。私共は多少借換が遅れてもかまわないのですが」

「おぬしは、そういってくれるだろう、ありがたいことだ。じゃが、他の者はそうはいかぬ」

「そうですか、どういたしましょうかのぉ」




 藍屋が縁側の向こうに広がる坪庭を眺める。すこし雪が舞い始めたようだ。

武蔵守むさしのかみ(細川勝元)様は、たしか『南洋社なんようしゃ』という貿易会社をお持ちでは。『うさぎや』様のところで」

「それは持っておる。『南洋社』は琉球りゅうきゅうと交易して、鉄と南洋物産を扱っている」

「戦のせいで、南洋の物産は土佐とさに留まっている、とのことですが」

「そのとおりだ」

「戦が終われば、その物産は京都に持ち込めるのではないですか」

「それは、持ち込める。しかし、京都がこのありさまでは、南洋の贅沢品や明の唐物を買う者は少ないであろう」


「では、このようになされたら、いかがでしょう」

「どのように」

「はい、武蔵守様の守護債しゅごさいですが、土倉や問丸といまる、寺院が守護債を持っているので、毎年利息……もとい、『期待利益』を払わなければなりませぬ」

「そうだが」

「守護債を『南洋社』が持てば、南洋社は、武蔵守様と『うさぎや』様の会社ですから、『期待利益』の支払いを停止しても、問題はありません」

「守護債は記名債券だぞ」

「そんなの、武蔵守様と『うさぎや』様の間柄です。名義人でなくとも効力を発行すると、武蔵守様がおっしゃればいいだけのことです」

「それは、たしかに殿と『うさぎや』との間の関係になるので、どうとでもなるが、どうやって守護債を南洋社のものにする」


「南洋社は、株式会社ですから、株券を発行しています」

「もちろん、発行している。額面十貫だが、現在、大和、片田村の交換所では三十貫程で取引されているそうだ」

 京都にも取引所はあったが、こちらは戦災で焼け果てている。

「戦が終わり、これから貿易が盛んになる、ついては南洋社の交易船を増やすために新株を発行する、として株券を発券したらいかがでしょう」

「発券しても、売れるという保証はないが」


「売ることは売るのですが、それに加えて守護債と『時価』で交換するのです」

「守護債とか」


「はい、失礼ですが、このたびの戦、お味方みかたの東軍不利で停戦となりました」

「いかにも」

債権者さいけんしゃ達は守護債の返済に不安を感じているでしょう」

「わしが心配しておるのだから、やつらも同じであろう」

「できれば、手放したい」

「はっきりと言う男だな」薬師寺元長が顔をしかめる。


「これから、発展するであろう、『南洋社』の株と交換できるとしたら、乗ってくるのではありませんか」

「うまくいくか、不安であるな」

「大丈夫です。幸い、私が十五万貫の守護債を持っています。それを少しずつ取り崩して南洋株の時価を上げていきます。株価が目に見えて上がっていけば、他の者も飛びついてくるでしょう。新株の募集も、守護債との交換も、滞りなく進めさせていただきます」


 しばし考えた元長が言った。

「それ、殿に申し上げる時、わしが考えた、ということにしてよいか」

「それはもう、備後守びんごのかみ(元長)様と、私とのなかでございますから。ここで話したことは他言たごんいたしませぬ」



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