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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 外伝
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『かぞえ』

「出来るわよ」『かぞえ』が言った。

「角度を正確にするのは難しくない。問題は推進火薬が安定して燃焼するか、ということと、発射軌道を維持できるか、ということね」

「推進薬を安定させるには、火薬を今まで以上によく混ぜて均質にしなければいけないわね。それから軌道の維持については、噴進弾に矢のような尾翼を付ければいいでしょう。尾翼で少し風上に軌道がずれるから補正が必要ね、試してみないと」

 『かぞえ』が指摘した尾翼の影響があったので、ここまでの火箭かせんは無尾翼だった。


 片田が要求したのは、射程四キロメートルの十八連装噴進砲だった。和泉いずみ小谷こたに氏の豊田城の時は二百間、三百六十メートル程であったから、その十倍の射程だったが、『かぞえ』は簡単だと言った。

 今、片田は村に来ている。作業棟の一室で『かぞえ』と話していた。外では二月の雪が降っている。


「二千二百間ということは、二百間の時、飛翔時間が約九秒だったけれど……二十八秒くらいね、そうすると、推進薬の量は……」


「こんなところね」『かぞえ』が紙に簡単な噴進弾の絵を二つ描いた。一つは着弾と共に爆発する榴弾りゅうだん、もう一つは焼夷弾しょういだんだ。

 それぞれの推進薬量、爆薬や焼夷油の量、弾体の重さなどが、ざっと計算されていた。


「何基欲しいの」

「十基作ってほしい。砲弾も少なくとも五回斉射できる九百発程度いるな」

「そう、工程について、石英丸せきえいまる達と相談してみないといけないけれど、砲と砲弾を平行して作っても、半年くらいはかかるわね」


 また余談になってしまう。

SI単位系を使っていないと言っていたが、時間だけは秒を使っている。この時代の時間の単位、一刻は、昼夜、季節などで変動してしまう。また、分、秒などの短い時間単位などなかった。それで時間だけは単位を作ることにした。

 大きなドラム缶程の一日砂時計を作る。砂時計といっても逆さにする必要が無いので、漏斗ろうとのような形をしている。これを原器げんきとする。原器自体は多少適当に作ってもいい。砂がこぼれるところだけ、歪まないようにしっかり作った。必要なのは零れ落ちる砂の量だからだ。

 中に、真水で洗って乾燥させた砂を入れる。


朝、たつの刻頃に日時計の文字盤に差す影の所にしるしを刻む。同時に砂時計から砂を落とした。この時刻は影の動きが正午頃より速い。

そこから翌日の同じ頃、昨日の印の所まで日影が動いた所で砂時計の砂を止める。


 落ちた砂を二十四時間と、六十分と、六十秒をかけた数字で分割すれば、一秒の砂の量になる。

 腕の長い天秤てんびんで三分割、五分割するのが面倒だった。見かねた『ふう』が竿秤さおばかりを作ろうか、と言ってくれた。

ありがたかったが、精度に問題があるかもしれないと考えたので、感謝して断る。

やるのは一度だけでいいのだと自らをはげまし、なんとか頑張った。

 一時間の砂の量、一分の砂の量、一秒の砂の量が分けられていく。

 この一秒分の砂の量を単位とする。


 砂時計の複製は、同一時間に複製が落とす砂の重さと原器の砂の重さが一致すればいい。

 砂の通り道の、細くなったところに、横からきわめて細いネジを通し、流量を調節できるようにした。


 普通の砂時計のようにして使うことも出来るが、下半分を外して使うことも出来る。


 砂時計から流れる砂の重みで、一秒ごとに上下する鹿威ししおどしのような機械を作れば秒針として使える。鹿威しに加算器をとりつければ、カウンターにも、時計にもなる。


 精度は二桁か、良くて三桁程度だろう。一日あたり数分のずれが生じる。それでも十分だった。



 一月にみかどより佐兵衛佐さひょうえのすけ拝命はいめいたまわった。すぐにでも上洛せよとのことであったが、片田が上洛にける兵数は一万程度である。相手方は東西両軍であった。数倍、もしかしたら十倍以上である。

 小銃を持っているとはいえ、ひとつ間違えば敗れる可能性がある。ここは長射程の噴進砲ふんしんほうで東西軍の度肝どぎもを抜くのが良策だろう。

 加えて一万の兵を動かすための準備にも時間が必要だ。


 片田は冬の初め、十月頃に上洛することを決め、楠葉くすば元次もとつぐに伝えた。


「次は測距儀そっきょぎだが、方位と距離を測定する測距儀はこのように、一間の長さの筒を作り、両端の視差から距離を測定する」

 測距儀の原理など、元砲兵士官の片田ならば目をつぶっていても説明できる。

 『かぞえ』も幾何学きかがくは得意だ。すぐに原理を理解した。

「これ、仕組みは単純だけど、器械がゆがまないようにするのが大変そうね」

「そうだ。衝撃を与えないようにしなければならず、運搬用の専用の道具も必要になるだろう」

「これ、石英丸達は知っているの」

「ああ、知っている。すでに製造に取り掛かっている。いま説明しているのは使い方と、取り扱い上の注意を覚えて欲しいからだ」

「わかった」


<なにか、忘れていることはあるか>片田が自問する。あ、そういえばコリオリ力なんてものがあったな。四キロメートル射程で、仮に秒速二百メートルとしたら、どれくらいズレるのだろう。

 そう思って、簡単に暗算してみる。

<〇.二ミリイ(mil)くらいか、ずれても、数十センチ程度だ、いま『かぞえ』に説明しなくともいいだろう、いずれもっと長い射程の砲を造るときに話そう>


 片田がコリオリ力の事を考えているあいだ、『かぞえ』も考え事をしていた。

<この仕事、大変だから『ふう』ねえに手伝ってもらいたいけど、でも止めておいたほうが、いいだろうな>

『ふう』は北畠兵の件以来、いくさにかかわる仕事を断りつづけている。まだ、あの時のことが心の傷になっているに違いない。

<あたしだって、兵器をつくるのなんか、楽しくないけど。でも、戦を終わらせるためには、しかたないのよ>


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