村の学校
こちらに片田が来てから、五度目の秋が来た。片田村の人口は五百人以上に増えている。子供達も増えてきたので、学校をつくることにした。
「ここに、栗が二つと半分ある。これを小数点を使って『にいてんご』という」
石英丸が小数を村の子供たちに教える。
「こないだは、ふたつあまりいちって言ってなかったか」
「分数のとき、にとにぶんのいちって言ってたよな」
「ああそうだ、おなじことを言っている。『にいてんご』ともいうんだ」
「なんで同じことをいろんな言い方するんだ」
「矢木の市に行くのにも、馬で行ったり、歩いて行ったり、牛車でいったり、いろんな方法があるだろう。それと同じだ」といって石英丸が続ける。
「問題にはいろいろなものがある。その問題によって解きやすい方法があるので、いろんな言い方をするんだ」
「たとえば、どんな」
「たとえば、これは『さんぶんのいち』だよな」そういって、石英丸が炭を塗って作った黒板に三分の一を書いた。
「これを今いった『にいてんご』のやり方で書いてみろ」
「そんなの簡単だ、れいてんさんの、さんの、さんの、あれ、ずっと三が続くぞ」
「そうだろ。それ永遠に続くんだ。そういうのを無限という。だから三分の一と書いた方が簡単だ」
「永遠に続くって、どこまで続くんだ」
「分数わかんない」
「繰り上げ、繰り下げをもういちど説明して」
子供たちが一斉に問いかけてくる。極めつけは鍛冶丸だった。
「それ、おれも似たようなこと、やったことある。二と二を掛けると四だろ。三と三だと九だ。なにとなにを掛けると五になるんだ」
石英丸は、平方根を片田に教わっていたが、ここでそんな話をしてもしかたがない。
「わかった、鍛冶丸、それは後で話すことにしよう」
そういって、片田の方を向いた。片田が立って言った。
「こうしよう、おまえは分数がわかんない、と言っていたな」
その女の子はうなずいた。
「よし、分数の分かる子、いるか」
「わかるよ」いと、という女の子が言った。眼鏡紐を作るのが得意な子供だ。
「いと、この子に分数を教えてあげてくれ、わからないところが出てきたら石英丸に教えてもらえ」
「わかった」いとはそういって、女の子に向き合った。
「繰り上げ、繰り下げを教えられる子はいるか」
鍛冶丸が手を挙げる。
「鍛冶丸、教えてやってくれ」
鍛冶丸は頭が冴えていそうだな、片田は思った。片田村も『とび』の村も、治水や肥料、手仕事のおかげで、子供たちを学校に行かせる余裕があった。田仕事の手伝いをする大人は、片田の村にいくらでもいた。『とび』の村へ手伝いに行く者も、片田から一日三十文の日銭が出ることにしていた。
石英丸を教室に残して、学校を出たところで好胤さんに会った。片田村の精米所に白米を買いに来たのだそうだ。
「お、順。ひさしぶりじゃの」
「好胤さん、お元気そうで」
「おまえに会ったら、教えてやらにゃあならんと思っていたことがあったんじゃ」
「なんですか」
「それがのぉ、なんだったかのぉ」
片田は微笑んだ。
「あ、そうじゃ、そうじゃ。夏に、将軍様のな、お名前がかわったそうじゃ。新しいお名前は義政さまというそうじゃ」
「義政、ってあの銀閣寺の義政さまですか」
「なんじゃ、その銀なんとかって」
「いえ、なんでもありません。そうですか。覚えていてくださったんですね。ありがとうございます」
「どうも知っとるようじゃな、得心がいったならよかった」
好胤さんは、慈観寺に向けて、道をくだって行った。
”足利義政の時代だったのか”
日本史は、片田の得意科目ではない。義政の時代で、片田が知っているのは、銀閣寺、長禄の大飢饉、その後の応仁の乱くらいである。
片田は背筋が寒くなった。これから、大飢饉が来るのか。そして、その後、京都が焼け野原になってしまうような大戦争が来る。
対策を立てなければならない、が、何年後に来るのだろう。
子供達が帰ったあとの教室に石英丸と鍛冶丸がいた。
「二、二三六零六七九、でそのあと、計算したことはないが、ずっと数字が無限に続くそうだ」
「どれ、お、本当だ、九が六つもつながった。ほとんど五だな」
「これを、記号を使って、こう書いて、ルート五と呼ぶことにしている」
「ルート五×ルート五で五というふうに使うのか」
「そうだ、ルート五とルート二を掛けたものがルート10になる。これを二つかけると十になる。こんなふうに計算する」そう言って石英丸は書いて見せた。
「しかし、数字が無限につながるのか」
「そうなんだ。不思議だが『じょん』がそう言っていた」
「それ、とんでもないことだぞ。無限に続く数字同士を掛けると整数になるのか」
「そうらしい。いくら考えても不思議すぎてわからなかったが、さっき話した零、サンサンサンが無限に続く数字に、三を掛けると一になるといわれて、なんとなく納得した」
「ふーん、無限に続くって、なんなんだ」鍛冶丸が首をひねった。




