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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 外伝
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金融と忍者(きんゆう と にんじゃ)

 細川勝元は、必ずいくさが起きる、という。

 そうであろうな、池沼いけぬま屋亀次郎もそう感じていた。げんに勝元のお膝元、丹波たんば国、摂津せっつ国、和泉いずみ国、若狭わかさ国の武田国信くにのぶなどから、大量の弓矢、槍の注文が来ている。

 口には出さないが、勝元が何かやろうとしているのは間違いない。


 ここで多少鯉券を増刷しておいても、すぐに銭が集まることは間違いあるまい。




 堺に最近開店した藍玉あいだま屋、武蔵屋むさしやの奥座敷。


京都みやこの池沼屋の倉に、銭はどれほどあったのか」野村孫大夫まごだゆうが、楯岡たておか同順どうじゅんに尋ねる。

一昨日いっさくじつに忍び込んでまいりましたが、約二千貫程でありましょう」

「二千貫か、思ったより少ないですね」片田順が言う。

「ほかにも、堺、尼崎、兵庫にも店があります。それらを合わせて多くても三千貫というところではないでしょうか。こちらは確かめたわけではありませんが」

「そんなものであろう」孫大夫が言う。


「だとすると、孫大夫さんが言う方法を試すことが出来るかもしれませんね」と、片田。




 翌日から、片田商店はひそかに鯉券を集め始めた。商店に入ってきた鯉券は、支払いに使わずに店に保管する。

 片田商店が運用する貨物船で、伊勢や博多の片田商店に入ってくる鯉券も回収した。


 一定額の鯉券が溜まったところで、堺の池沼屋商店にある銀行窓口に持参して銭に交換する。


「最近は、どこに行っても鯉券で払ってくるねぇ。鯉券の威勢いせいはすごいもんだねぇ」下柘植しもつげ大猿おおざるが片田商店の店員のふりをして、池沼屋の番頭に話しかける。

「それはそれは、ありがとうございます」番頭はエビス顔で応対する。

「ところで、飛騨ひだの鉛屋や、中国山地の鉄屋は、残念ながらまだ鯉券をうけとらねぇ。やつら山猿は、まだ紙幣なんぞよく知らないので、銭でしか受け取らねぇんだ。すまんが鯉券を銭に替えておくれ」

「それはもう、券面に記載しておりますとおり、いつでも額面通りの銭と交換させていただきます」

「ありがてぇ。五十貫だ」そういって、五十貫分の鯉券を番頭に渡す。

「承知しましたが、五十貫ですと、相当な重さになりますが」一貫が三.七五キログラムだから、五十貫だと百九十キログラム弱になる。

「大丈夫だ、表に荷車を持ってきている」

 番頭が見ると、荒くれ男が三人ぐらい荷車を囲んでいた。

「わかりました、いま銭をお持ちいたします」


 堺だけではなく、同様なことが兵庫、尼崎の港の池沼商店でも繰り返し行われた。

 各支店からは、京都の池沼商店本店に、銭を送るように連絡が行く。


「池沼商店の京都、堺、尼崎、兵庫、四店の銭の残高が五百貫を切りました。堺は昨夜見てきたところ百貫を切っています。池沼屋は配下の座などから夢中になって銭をかき集めています。また、表に出ないような形で鯉券を他の銀行券に両替しているようです」

 楯岡同順が四店すべてを回った後、京都の池沼屋亀次郎の動静どうせいをうかがってきた。最後に昨夜、もう一度、堺の池沼屋の倉に侵入して残高を確かめた。


「よし、とどめを刺しに行くか」野村孫大夫が言った。


「藍玉の武蔵屋だが、東国に藍玉を仕入れに行くので、鯉券を銭に替えて欲しい」野村孫大夫が池沼屋堺支店に乗り込んだ。

 東国はすでに戦国時代に入っていた。彼が行くと称している武蔵国で、紙幣が使えるとは思えない。

うけたまわりました、いかほど両替いたしましょう」池沼屋堺店の番頭が答える。番頭の顔が青い。

「今年は藍が豊作だったという。大量に買い付けに行くので二百貫程両替して欲しい」


 番頭がひたいから脂汗あぶらあせをたらす。


「ん、どうした。両替が出来ぬのか」

「は、はい。いま、たまたま堺支店で銭が不足しておりまして。両替ならば承りまして、数日中にご注文に応じさせていただきますが。あるいは、東国に行かれるのであれば為替かわせという方法もございます。鎌倉の両替商に持ち込めば、銭に替えてもらえます」

「いや、東国は戦の最中じゃ、両替屋がどうなっているかわからぬ。銭がいい。この店で両替出来ぬ、ということであればよい。鯉券を別の紙幣に替えて銭にすることにする」そういって、野村孫大夫は出て行った。


 彼が出て行ったあと、池沼屋堺支店は臨時休業の札を下げて店を閉めた。


 孫大夫が片田商店に行き、片田に報告する。

「池沼屋は銭に両替できませんでした」

 その報告を受けて、片田が大黒屋惣兵衛そうべえさんに指示する。

堺の片田商店での鯉券と銭の交換レートを一.五とした。


 夏越なごしの祭りの時に、『あや』が見ていたように、銭と楽民券、鯉券、赤入道券などは、近畿圏ではほぼ一対一の両替率だった。山口の羽衣はごろも券は、地方券だったので、大和やまとでは両替率が悪かったが、それでも一.〇二くらいだった。

 そこに、片田商店が、いきなり一.五という両替率を出したのだ。

 銭二貫と交換するためには、鯉券三貫が必要だという意味だ。


 当然、どういうことだ、という声が片田商店に来た客たちのなかであがる。

 大黒屋惣兵衛さんがこのように説明した。


「どちらの商人さんか、存じませんが、本日鯉券から銭への両替を池沼屋で申し込んだところ、銭への両替が出来なかったそうです。池沼屋さんは、その後、臨時休業されております。それで鯉券の両替率を変更させていただきました。それと念のため片田商店での商品購入にあたっての支払いには当面、鯉券はご遠慮ください」


瀬戸内の港の相場板を創始したのは堺の片田商店だった。その後、楽民銀行券の取り扱い、両替所の開設も片田商店が先行していた。

 片田商店の両替率変更と、鯉券による支払いの停止は、甚大な影響力を持っていた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 細川が勝つと徳政令(最低金額での払い戻し)、山名が勝てばただの紙切れ。 どっちにしてもひどそうな未来しか
[良い点] 形を変えてジョンは知っているのよね 台湾銀行と鈴木商店と言うけれど
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