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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 外伝
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日本刀(にほんとう)

「鉄とうるしの値段が、また高くなってきましたね」石英丸せきえいまるが大橋宗長むねながさんに言う。

「そうですね。世の中、だんだん物騒ぶっそうになってきましたからね」宗長が答える


 昨年(寛正かんしょう六年)には、将軍足利義政が自分の実の弟である義尋ぎじんを還俗させて跡継ぎとした。もう自分には男子が生まれまい、そう覚悟したためだ。

 還俗した義尋は、足利義視よしみと名乗る。


 ところが、その年の十一月に妻、日野富子が男子を出産する。

 口さがない京雀きょうすずめ達は、将来の将軍家の御家騒動を噂する。


 今年になって、斯波氏の家督争いに将軍と細川・山名氏が介入する。また、将軍側近である伊勢氏が、還俗した義視が義政を暗殺しようとしている、と義政をそそのかし、そのことが露見して失脚する。


 一方で、挙兵した畠山義就よしひろは越智家栄いえひでの導きで大和に進出し、河内南部の城を次々と落とし続けていた。


 そろそろ、大きないくさがおきるのではないか。人々が世間の不安定さを肌で感じていた。




 この時代の武器、装備には鉄と漆が多く使われる。そのために価格が高騰しはじめているのだ。

 鉄は、刀、槍、薙刀なぎなたの刃の部分に使われる。

 漆は刀の鞘や槍のなどに使われる。よろい腹巻はらまきなどの装備品にも漆は多用される。


 今日は日本刀について、書いてみる。

 日本刀と言えば、「折れず、曲がらず、よく切れる」のが特長だといわれる。

 この言葉は鉄の物性から言うと矛盾している。


 まず「折れない」ということは、柔らかいことと同じことである。鉄が折れるというのは、例えば鋼鉄製の棒鑢ぼうやすりを石などに打ち付けると簡単に折れてしまう。日本刀にはそのような折れやすさが無いということだ。

 折れないにも関わらず、「曲がらない」という。曲がらないとうことは硬いということと同じことである。缶詰の空き缶は足で踏みつぶすと、簡単にひしゃげてしまう。鑢のように折れたりしない。


 同じ鉄なのに、これほど性質に差がある。

 硬い鉄を『はがね』といい、柔らかい鉄を『軟鉄なんてつ』、『軟鋼なんこう』という。

 両者の相違は、含まれる炭素の量により生まれる。


 鉄の中に含まれる炭素が多いと硬い鋼となり、少ないと柔らかい軟鉄になる。 これは鉄と炭素が結合して、セメンタイトという化合物が作られるからである。このセメンタイトは石英せきえい並みの硬さを持っている。

 セメンタイトは、日本語で脆面体せめんたいと書く。当て字である。


 鉄中の炭素の割合は、軟鋼で〇.二~〇.三パーセント、鋼で〇.五~一.二パーセントであるという。


 では、何故なぜ日本刀は「折れず、曲がらず」なのだろうか。それは両者の良い所を組み合わせているのである。


 日本刀の刀身の作り方には、幾つかの方法があるが、ここでは『本三枚ほんさんまい』という方法で説明する。

 刀身の中央に軟鉄である心鉄しんがねを置く。それの両側を鋼である皮鉄かわがねで挟む。皮鉄の方が、やや幅が広い。

 これで三枚になる。


 心鉄の方が皮鉄よりも幅が狭いので、溝が出来る。その溝に刃鉄はがねという鋼鉄をいれる。この刃鉄の部分は、さらに『焼き入れ』を行って、より強度を増す。

 このように四枚の鉄を挟んだものを熱してトンカン叩いて合わせ一枚の刀身にする。


 一枚の刀身が出来たところで、その刃鉄の部分を加熱した後に水の中に入れて急冷する。これを『焼き入れ』といって、見た目が最も派手な工程である。


 この『焼き入れ』とは何をやっているのか。

 一言で言うと、マルテンサイトを作っている。マルテンサイトは日本語で麻留田まるてんと書く。麻留田も脆面体も、日本の金属工学者、本田光太郎が命名した。

 本田は『理研の三太郎』と呼ばれた先駆者であった。他の二太郎は、各自で調べてください。二人ともご存じの方だと思います。


 金属をゆっくり冷やすと、冷える過程で、それぞれ鉄原子は鉄原子同士、炭素原子は炭素原子同士集まっていく。それぞれ、居心地の良い所に、こじんまりとまとまろうとする。そうすると、境目の部分が弱くなる。

 なので、急冷してやることにより、まとまるいとまを与えずに固めてしまう、というのがマルテンサイトだ。

 これにより、鋼はさらに強固になり、「よく切れる」ようになるのだそうだ。


「折れず、曲がらず、よく切れる」日本刀が出来た。


 日本刀に使われる鋼は〇.五~〇.八パーセントである。

 先ほど『焼き入れ』工程が最も見た目が派手だ、と言った。そのため映画などでは、この焼き入れシーンばかりが出てくるが、実は焼き入れ工程は全体のほんのわずかの部分だそうだ。もちろん、もっとも集中する場面なのではあろうが、工程としてはわずかなのである。


 では、刀匠とうしょうはどの部分に最も労力を割くのか。


 それが、炭素含有量〇.五~〇.八パーセントの鋼を作る工程なのである。


 刀匠は炉に空気を贈るフイゴをあやつり、鉄の溶け具合を見ながら送風量を調節し、この含有量を変化させるという。

 一つの炉の中で、浸炭しんたん(炭素量を増やすこと)、と脱炭だったん(減らすこと)をフイゴの操作だけでやっているという。


 片田村では軟鉄も鋼も生産していた。精密とはいえなかったが、炭素含有量を変化させて幾つかの種類の炭素鋼も作っている。

 刀匠達は自ら炭素鋼を作らなくてもよくなった。それで、片田村の周辺には刀匠の工房が幾つも出来ていた。


 最近、工房から出る煙が盛んに立ち上っている。



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