戦闘糧食(Cレーション)
片田村には幾つもの工場が出来た。しかし片田村は工場にとって立地が良いとは言えない。海に接していないからだ。
そこで、製材工場と魚肉缶詰工場は堺の戎島に建設されることになった。
板材を作る製材工場には、四国や中国地方の産地から切り出された木材が運ばれる。丸太を海に浮かせて引っ張ってくるのだ。戎島と堺の間に木場が置かれ、無数の丸太が浮ぶようになった。
丸太は鳶口により、陸に引き上げられ、製材所に運ばれる。
製材所には幾つもの鉄製の台が置かれている。台は細長く、その上を木材が水平に移動できるようになっている。
台の一部には切れ込みがあり、そこから半円形の丸鋸の刃が顔を出している。
丸鋸は蒸気機関によって回転する。
動床に固定された木材が台の上を滑っていき、丸鋸にあたると、豆腐を切るように抵抗もなく切られていく。
台は大小、何種類か置かれていて、切り出す材木の大きさにより使い分けられる。
もう一つの魚肉缶詰工場も海沿いでなければならなかった。堺の近海で採れた新鮮な魚が原料だからだ。
このころまでに、ハンダ付などの、缶詰を製造する工程はほとんど自動化されていた。人間が行うのは、捌いた魚肉を缶に詰める作業と、出来上がった缶詰を箱詰めすることくらいだ。
サバ缶、サケ缶などといわず、魚肉缶詰と言うのは、採れた魚の魚種を選ばずに缶詰にしていたからだ。頭と尾鰭を取り、腸を取り除き、輪切りにした魚を魚種を選ばずに入れてゆく。
イワシ、サバ、アジ、その他の小型の魚が混じっている。
空いているところに調味液を満たし、蓋をしてから加熱される。
「こんなに手間をかけなくとも、棒鱈みたいにしたら、何か月も保存できるんじゃない」安宅丸が片田に尋ねる。
「棒鱈だと、水に浸して戻してやらなければならない。缶詰だと、すぐに食べられるし、火もいらない。この魚缶と白米缶があれば、缶を開けるだけですぐに食べられる。戦場では便利なものだ」片田が答える。
「それはそうだけれど、手間がかかる分だけ高くなるよね」
「戦になれば、欲しがるものが出てくるものだ」
「…………」
安宅丸には戦場での食事がどのようなものか、まだ想像できない。彼は後にウツロギ峠で、この戦闘糧食をいやというほど食べることになる。
「今度の休みの日に、浜に出て試食してみよう」片田がそう言った。
片田、安宅丸、船学校の生徒が十数名、それぞれが木箱を抱えている。箱の大きさは菓子折りよりも少し大きい。
浜辺に出ると、片田を中心にして半円形に座る。
片田が小刀で箱の蓋を開く。
中には缶詰が六つと、油紙で出来た袋が二つ入っていた。
「この箱一つで、一日分の食料になる。大きい方の缶三つは片田村の缶詰で、飯が入っている。二つは白米で、残り一つは小豆飯だ。気持ち小さめな缶三つは、どれも同じ魚缶だ」
それぞれが、自分の小刀で箱を開けてみる。
「紙袋の一つ目は食器などが入っている。箸、匙、それからこの蝶番のような金属片は缶切りというものだ。片方に刃がついているので気を付けるように」
「他にも平たい蝋燭が十個と、開くと四角い箱のようになる金属板が入っている。この金属板はコンロといって、中心に火をつけた蝋燭を置いたときに風よけになる。上にちょうど缶詰が載せられる大きさになっている。」
そういって、コンロを開き、蝋燭を置き、缶詰を載せて見せる。気の早い生徒は、もう蝋燭にマッチで火をつけている。
「紙袋の二つ目は、食料だ。大きな袋、小さな袋それぞれ三つずつ。それに『芋がら』だ。大きな袋には味噌粉末、ネギなどの野菜、海藻が入っている。どれも乾燥している。小さな方の袋には抹茶が入っている」
「まず、魚缶を開けよう。この金属片の刃を立てて、缶詰の上の端に当てる。そうしてこのように回してやると缶が切れる」
缶が簡単に切れた。生徒たちからホウッという声があがる。
最近は缶切りなどというものはめったに見なくなった。詳しいことが知りたい人は『缶切り P-38』と検索してみて欲しい。
縁を少し残して、缶の蓋を一周切って見せる。少し残したのは、蓋を取っ手にするためだ。
次に片田が、コンロの中心に置いた蝋燭に火をつけ、魚缶を載せた。コンロのおかげで、火は浜風に負けない。
「缶やコンロ、蝋燭は箱ごとに入っているので、前日に使ったものが幾つもあることになるだろう。そこで幾つかコンロと空き缶を用意しておいた」
片田が、別のコンロを二つ用意し、蝋燭に火を灯し、一つには白米缶を、もう一つは、洗っておいた空き缶に水を入れて載せてやる。
「白米缶は、あまり熱すると焦げるかもしれない」
後にこの糧食を食べることになる兵達は、白米缶に少量の水を垂らすなどの工夫をすることになる。
温められた魚缶から、いい匂いが漂ってくる。
水を入れた空き缶が沸騰する。そこに乾燥した味噌と野菜を入れて混ぜると味噌汁の出来上がりだ。『芋がら』を入れてもいい。
温められた白米缶と魚缶も火からおろした。
「出来上がりだ」
生徒たちも片田のまねをしながら、めいめいに自分の食事を温めた。
「旨いとはいえないが、まあまあだな」
「思ったよりは、食べられる」
「小豆飯は旨いぞ」
「でも、これが毎日三食続くのか」戦場では消耗するので三食で設計されている。
「そうだなぁ。これが毎日だとなぁ」
「開けてみないと、何の魚の缶詰かわからない、というところが、飽きないといえば、飽きないかもしれない」
「そんなことないだろ」そういって生徒たちが爆笑する。
「最後、白米缶を洗って、水を入れる。湯が沸いたところで抹茶粉末を入れると、食後の茶になる」
「このお茶は、いいかもしれない」皆、茶には満足そうだった。




