株主会議
片田村の取引所で株式等の証券を取引するものは、組や会社の売上、支出、粗利、貯蓄、債務を毎月末締めで報告することが義務付けられていた。これは楽民銀行の規定からの流れであったので、それほど抵抗もなく受け入れられていた。
現在の上場会社が行わなければならないことに比べれば、ざっくりとした報告義務である。
営業利益、経常利益、貸借対照表、損益計算書などというものは誰も思いついていない。
『神器株式会社』の一件で、株主構成の問題が表面化した。財務・営業状況以外にも、株式に関する規制も行わなければならない。
「神器社のようなことが起きると、会社の事業自体が停滞してしまうことがありますよね」石英丸が大橋宗長さんに言った。
「そうなんだけれども、証券の取引は、取引所外でも行われている」宗長が答える。
実際、盆栽鑑定書事件の時には、取引所外での取引の方が多かった。
「でも、あのようなことになってしまっては、農機具の生産が滞って、社会に与える影響も大きいです」
「それは、確かにそうだ。なにかの規制のようなものが必要だろう」
「今回問題になったのは、株主会議の議決権です」
「そうだ」
「取引所以外で取引した株式の議決権を失わせてしまうのは、だめでしょうか」石英丸が提案する。
「どのようにやろうと思っている」宗長さんが尋ねる。
「取引所で株式を取引したときに取引記録を取るのはどうでしょう。株主会議の時には株式と取引記録を突き合わせ、身分証で本人確認が取れれば投票権を持てる」
「配当はどうする」
「配当はそのままでいいのではないでしょうか。株式を持参したものに与えれば。株式には通し番号が入っていますし」
「売却の場合は」
「売却は取引所外でもかまいませんし、取引所に持ち込めば、そこで一票の議決権が復活します」
石英丸が言っているのは、取引所外で取引された株式は、取引時点で一旦議決権のない物になる、というもののようである。
株式会社が資金を調達する方法としては社債と株式の二つの方法がある。
社債は、会社が出す借用証のようなもので、期限が来たら会社が社債所有者に借用額と利息を払う。それだけの関係だ。
一方で株式は、より会社の経営に深くかかわっている。会社が儲かれば配当金を受け取るし、会社の重要な事項の決定にあたっては投票権を持つ。
株主の総体が会社の所有者だ、という見方もできる。
石英丸の考え方は、取引所外で秘密に取引された株式は、一旦その権利を社債並みに下げてしまおう、というものだった。
現代の目で見れば、乱暴であるかもしれないが、なにしろ黎明期である。手探りで修正案を模索していくしかなかった。
「取引記録を取るのが、煩雑になるのではないだろうか」宗長さんが懸念する。
「それは、それぞれの組や会社にやってもらうしかないでしょう。会社の方も、防衛のために自分たちの株主が誰なのか知っておく必要がありますからね」
宗長さんが、しばらく考える。
「他に良い方法も思いつかないな。それで始めてみよう」
とある株主会議の受付。
「なんだとう。株を持っているのに、議決権が無いとはどういうことだ」あきらかに乱暴者と思われる男が数人、受付に向かって息巻く。室町時代人が『議決権』などという言葉を発するとは驚くべきことだ。
「ですので、その株券は当社の株主名簿によれば、片田村の与三郎さんの所有になっております」
「おう、その与三郎から買ったんだ。銭を出して買ったんだから俺の物だ」
「それは、そのとおりなのでしょうが、取引所でお買いになったんですか。当社が株主様に向けて『株主会議のご案内』を送らさせていただいておりますが、お持ちでしょうか」
「そんなものは持っていない。俺は与三郎から直接買った」
「取引所外で購入されたとなると、その株式には議決権がありません」
「どういうことだ」
「その、取引所がそのようにお決めになったのです」
「聞いていないぞ、じゃあこの株券はどうなるんだ。ただの紙か。お前の会社は株券発行しておいて、引き取らないというのか」
「いえ、売却のご意向があれば、時価で購入させていただきますし、取引所に持ち込んで買い直すか、当社の株主名簿に登録していただければ、議決権が付与されます」
「おう、じゃあ、すぐやってくれ」
「本日登録しても、議決権が発生するのは一年後になりますが」
「なんだよ、それじゃあ間にあわねえじゃねえか」
元祖総会屋のような男が暴れ始め、自警団に連れていかれる。




