藤林衆(ふじばやし しゅう)
「わしが、そちたち藤林衆を手放せぬのは、クロの秘密を知っているからだ。あれが他の大名に流れたら一大事じゃ」畠山義就が繰り返す。
「……」
「しかし、秘密を知られても良い勢力が一つだけある」
「それは」
「そうだ、片田商店だ。秘密の本拠地なのであるから、知られてもかまわない」
「しかし、我々はこれまで片田商店を探っていたのですぞ、おいそれと受け入れるとは思えません」藤林友保が言う。
「そう思うか。そうであろうな。しかしわしは何度か片田に会ったことがある。彼ならもしかしたら受け入れるかもしれん。どう思う、孫大夫」
「私は片田のところで目付役をやっておりました。彼なら、その度量があるかもしれません」
「そうであろう。いずれにしても片田に雇われなければ、藤林衆は滅びなければならぬ。賭けてみるしかあるまい」
二人が頷く。
「よかろう、ではこの部屋で控えておるがよい。わしは隣の部屋で片田と面会する。さきほど、やっと到着した客がいる、と言ったのは片田のことじゃ。ここで面会の様子を聞いておるがよい」
そういって畠山義就が出ていく。二人を監視する武者は残った。
「片田、しばらくじゃったのう。一年ぶりか」部屋に入ってくる片田に向かって義就が声をかける。隣の部屋では友保と孫大夫が息を潜めている。
義就の左右には、やはり四人の男がいたが、これは武者ではなく、一段下がった普通の兵のようだった。
「お元気そうで、なによりです」片田が答える。また金の普請だろうか。普段の義就は、用向きを先に伝えてくるが、今回は何も言わずに、来い、と言ってきた。
「世間はどうだ。わしの方は、ここに籠って二年が過ぎた。すっかり世間のことに疎くなってしまった」
「飢饉が収まり、昨年は河内でも収穫がありました。民も一息ついています」
「そうか、そうか。そちの運河にずいぶんと助けられたのであろうな。礼を言う」
「右衛門佐様が土地の整理をしておいてくださったおかげで、順調に事が運びました。こちらこそ、改めてお礼を申しあげます」
「ところでな、今日は一つ頼み事があって来てもらった」
「頼み事、といいますと」
「金を貸せ、というのではないぞ」片田の顔色を読んだ義就が言う。
「では、どのようなことでしょう」
「人、というかある組を預かってもらえないだろうか、という相談だ」
「組、ですか」
「そうじゃ。忍衆の組だ。家族も併せれば四、五百人程もいるだろう。それを預かって欲しい」
「なぜ、私の所に預けようというのでしょう」
「それがな、他に行き場がない」
「行き場がないとは」
「おぬしの村の秘密を探っていた者達だからだ。この場では人の耳があるので、詳しくはいえぬがな」
片田が少し驚く。あまりに率直すぎるだろう。
「気付いておったのであろう」
「はい、誰かが村を探っていることには気付いておりましたが、右衛門佐様でしたか」
「悪いのはわしじゃ。忍び達は言われたことをやっただけだからな。彼らは銭をもらって仕事をしている」
それにしても忍びの集団が転がり込んでくるとは。
片田が忍者について知っている事といえば、立川文庫の猿飛佐助、霧隠才蔵である。不思議な技を操る超人の印象だ。
それ以外にも間諜のような仕事もする。間諜とはスパイの事である。
他に行き場が無い、というのは火薬の事を知っているからだろう。確かに義就の立場からすると、他の大名の所に行き、片田村で火薬を作っている、などと吹聴されれば、義就には不利になる。他の大名が火薬を手に入れることは避けたいはずだ。
一方、秘密を知った大名は、片田村を攻めて、これを手に入れようとするであろう。いま知られるのは、片田にとっても良くない。
攻めてこられた時の対策は用意しているが、あれをするとなると、村の被害も大きい。
「その忍び衆を雇うには、どれ程の銭が必要なのでしょう」
義就が金額を言う。確かに高い。毎年、亀が瀬運河を造る程の金額だった。
「手に余るか」義就が尋ねる。
「いえ、雇うことは出来るのですが、もし、私が雇わぬ、といったら彼らはどうなります」
「すでに刺客を彼らの里に放っている。わしの命令で一族諸共に滅びるであろう」
「そうですか、それは」
「わかりました。雇うことにします。二つ条件があります」
「言ってみよ」
「まず、いま片田村に潜入している者の名を明らかにし、引き揚げさせる事」
「それは、当然じゃろうな、ただ名を明らかには出来ぬかもしれぬぞ」
「もう一つは、村から盗んでいった物、篩三枚を返してほしいという事、です」
「篩か、聞いておらぬな。しかし返すかもしれぬ。板戸を開けよ」義就が兵に命令する。
兵が片田から見て右側の板戸を開ける。隣の部屋に二人の男がこちらを向いて座っていた。一人は目付役の野村孫大夫だった。
「野村さん」片田が思わず声をかける。孫大夫は気まずそうだった。
「今の条件、呑むか」義就が藤林友保に尋ねる。
「二つとも、御指図に従います」
藤林衆が、片田の配下に入った。




