移民(いみん)の村
小猿から藤林友保に要請が来た。
片田村に来て、見てもらいたいものがあるという。
片田村で会うわけにはいかないので、少し東に行った長谷寺で待ち合わせることにした。本堂脇からすこし下った人気の無い所に二本の杉がある。
風は少し冷たいが、春の兆しも見える正月下旬の朝だった。
杉の根本に藤林友保が立っている。
小猿が離れたところに立ち止まり、藤林に向かって頷く。藤林も返す。
小猿は振り返り歩き始めた。
二人が並んでいるところを見られたくない。藤林が小猿の意図を察し、少し間を置いて小猿の後を追う。
大和川に出たところで西の片田村の方に向かうが、途中で南に折れて狛川という小川を遡る。
狛の集落を過ぎて峠を越え、山の反対側に出る。榛原に向かう山道を右に折れると、低い峠を越えて粟原川の源流に出る。
小猿が振り向きもせずに歩いていく。藤林は、これも黙々と小猿から離れたところを付いていく。
左右が開けてきて、牧草地になった。道は右の山際に沿って伸びている。
小猿が立ち止まって振り返る。頷いて見せて、右手の藪に分け入ってゆく。
藤林は、小猿が山中に入ったところまで行き、前後を見る。道を歩いている者はいない。
彼も山中に入った。
小猿がいた。
「来ていただき、ありがとうございます」
「何か見せたいものがある、とのことだが」
「はい。大変威力のある兵具です。鉛粒を百間先に飛ばして敵兵を倒すことができます」小銃の事を言っているらしい。
藤林は想像が出来なかった。
「この先に広場があり、毎日そこで試し打ちをしています。ここからは山の中を進みましょう」
この山は人の手が入っていた。
山端だけは、子供などが迷い込まないように藪になっていたが、そこを過ぎてしまえば下草や余計な枝が刈られている。木々の間を歩くのに不自由はない。
眼下の道が北側に曲がるところまで来て、二人は待った。正面には草の生えていない広場がある。その先には堤のようなものが見えるが、堤にしては巨大だった。
「あれは、堤か」
「そうです、この村が造ったものだそうです。あの堤のおかげで旱に苦しみません」
「あのような堤、古代には造ることが出来たと聞くが」
「報告には書いていませんでしたが、この村には驚くようなことがたくさんあります」
ややあって広場に人が出てくる。広場の東に広がる牧草地に木で出来た札を幾つも立てているようだ。
人が札から離れると、広場に立つ男が棒のようなものを横に構える。白い煙が出る。
百間(百八十メートル)程離れた木札が弾け飛んだ。
「あの距離で、当たるのか」
「そうです、これを見てください」そういって小猿が小銃弾を取り出す。
「頭の、団栗のようなところが鉛で、これが飛んでいきます。下の黄色い所は真鍮です。こうやって、鉛を外すと、中に火薬が入っています」そう言って、小猿が手のひらに火薬を出して見せる。
「どうやって、火薬に点火するのだ」
「よくわかりませんが、真鍮の底に丸くて小さな穴が開いています、これを使うのだと思います」
「針か何かで突くのか」
「かもしれません。火薬を全部出すと、穴の所に小さな円盤が取り付けてあります。それを針で突くのかもしれません」彼が言う円盤とは銃用雷管のことだ。
「銃の方は厳重に管理されていて、盗むことが出来ないのです」
何度も繰り返し発射音が聞こえる。そのたびに藤林が広場の方を見る。時々外れることもあるようだが、ほとんどの場合に木札が弾けていた。
連続射撃の練習を始めたようだ。五つ程数えるくらいの間隔で続けざまに撃っている。
ボルトアクションなので、これくらいの間隔で打てるであろう。
「数が限られているのか。何丁程の銃があるのか」
「それは、まったくわかりません。銃を保管している所は、昼も夜も、最近出来た自警団が警備しています」
「恐ろしいことだが、これがもし数百丁もあれば無敵ではないか」
「はい、そう思って頭に直接見てもらいました」
「火薬があれば、こんなことも出来るのか」
「見てもらえましたので、私はここで別れたいと思いますが、帰りがけには右に下って片田村の通りを通って外山に出ることをお勧めします。驚くようなものを見ることができますよ」
「なんだと、見とがめられないのか」
「片田村は、皆がよそ者です。移民の村です。毎日のように外から人が流れ込んで来ます。見ず知らずの者が歩いていても誰も咎めません」
「そういうものか」
藤林友保が片田村のセメント舗装道路を歩く。行き交う村人の身形、蒸気で走る車、煙突、湯屋、運河、外山市。




