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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 外伝
259/626

一斉点検

 辰吉たつきち背負せおい袋から圧力計が出てきた件で、その夜石英丸せきえいまるが主だった者達を集めた。

「明日の昼前までに、各工場長はそれぞれの工場の点検を行ってもらいたい。昼過ぎに安母あんもん工場の会議室に集合して、それぞれ点検結果を報告してほしい」石英丸が皆に言う。

「備品の棚卸たなおろし帳との突合つきあわせも、やったほうがいいかな」茸丸たけまるが尋ねる。

「そうだな、それもやってほしい」石英丸が答える。


 工場の中ではアンモニア工場の規模が一番大きい、火薬、硫安など、多くの物の原料になるのがアンモニアだからだ。

 鍛冶丸かじまるはアンモニア工場と硝酸工場の責任者だった。




 翌日の午後、アンモニア工場の会議室。

「安母工場はどうだった」石英丸が鍛冶丸の方を向いて尋ねる。

鳶丸とびまるさん、お願いします」鍛冶丸が隣に座る小猿こざるに向かって言った。

「安母工場の設備には、異常はありませんでした。備品で紛失している物もありません」小猿が報告する。以下調査した範囲等を小猿が列挙した。

 小猿は、アンモニア工場の工場長代理として報告している。

 倉庫の備品棚卸は、多数の工員で行っている。小猿が在庫数をごまかしているのではない。

 小猿が盗んだニッケル触媒は、そもそも棚卸帳にその項目が無かった。そのため、棚卸検査にはひっかからない。


「次に、硝酸工場の方も設備、備品ともに異常はない」鍛冶丸が続ける。

「異常ないって、ではあの圧力計は、どこから出てきた」石英丸が尋ねる。

「ああ、それなんだが、あれは二酸化窒素と水を反応させるタンクの圧力をはかる十気圧の気圧計だ。三日ほど前、故障しかけていたのを発見した」

「故障しかけていたのか」

「そうだ。計器のカマボコ型管から、わずかに硝酸が染み出して、計器盤の鉄を腐食ふしょくしはじめていた」鍛冶丸が続ける。

「なので、倉庫の備品と交換したものだ。作業自体は俺ともう一人の工員とでやった。一緒に作業した工員が言うには、取り外した不良の圧力計は廃棄しようと思ったのだが、急ぎの用事があったので、タンクの脇に置いてあった。それが盗まれた」

 どうせ捨てる物なのだから、盗んでも誰も問題にしないだろう、辰吉はそう考えたのかもしれない。


 ところで、この物語で片田は国際単位系(SI単位系)を採用していない。SI単位系を採用する利点があまりないからだ。もし片田の軍用背嚢はいのうの中に、理科年表が入っていたのであれば、片田は何が何でもSIを採用していただろう(片田の時代には『メートル法』と呼んでいたが)。しかしニューギニアの密林にそんなものを持参する軍人は、まずいない。


 では、鍛冶丸はなぜ、十気圧の気圧計といったのであろうか。

 一気圧は、地表の気圧を基準にできる。ここに気圧計に比べて十分に大きな容積をもった金属製のシリンダーが用意できるとする。シリンダーに気圧計をつなげる。

 シリンダーの長さが一尺(約三十センチメートル)だとしよう、このシリンダーにピストンを差し込み、長さが一寸(三センチメートル)のところまで圧縮する。気体の体積が十分の一になる。

しばらく放置してシリンダー内気体の温度が気温まで冷えたときに気圧計の針がす位置が十気圧である。

 押し込む長さを計る基準が尺であってもメートルであっても、これは変わらない。

 その十気圧の時、針が指し示す所の計器盤に赤い目印をつければ十気圧の気圧計になる。


 温度が一定ならば、同一気体の気圧と体積の積は一定である(気圧と体積は反比例する)。


 これを『ボイルの法則』という。ボイルは人の名前である。ソーセージをでる作法さほう、という意味ではない。


 脱線した。


「そうか、硝カリ工場はどうだった、茸丸たけまる」石英丸が尋ねる。

「硝カリ工場でも、不具合も紛失したものもない」茸丸が答える。硝酸カリウムは高圧タンクなどの設備が必要なわけではないので、工程としては簡単だった。

 出来上がる製品が硝石しょうせき、つまり火薬の原料であるため、保安上の理由で独立の工場にしていた。工員も数名しかいない。


「工場に問題はないんだけど、今朝から人が一人行方不明なんだ」茸丸が言う。

「朝の点呼てんこの時に不在で、宿舎に迎えに行かせたのだが、そこにもいない」

「いないのは誰だ」

室生むろう庄八しょうはちという男だ。宇陀うだ郷の乙名おとなの紹介があったので採用したのだけれど」茸丸は、宇陀や名張なばりの村々とシイタケの菌床取引をしていた。


「関係がありそうだな」鍛冶丸が言う。

「その室生の庄八という男と、辰吉の二人ですが、いつ頃から工場で働き始めたのでしょうか」小猿が尋ねる。


「辰吉は、ちょうど二年半くらいになるな」鍛冶丸が言う。

「庄八も同じくらいだ、一昨年おととしの春に入ってきた」茸丸も答えた。


「やはり、そうか。その頃に何者かが片田村の火薬に関心を持ったということだな」

 硝カリ工場に潜入していた、ということは彼らの目的は火薬で間違いない。


「やっかいね」それまで黙っていた『いと』が言った。


 片田村の住人は、ほとんどすべてが移民いみんしてきた者達だった。村人全員を監視することなど出来ない。


「まずは、火薬に関連する工場に勤めている者達だけでいいだろう。二年半前、その前後、そうだな三か月程、その半年の間に工場に入ってきた者達を火薬関連四工場以外の工場に移そう」石英丸が言う。


「しかし、今後も別の人間が入ってくるということもある」


「じゃあ、工場内外を回っておかしなことをしていないか監視する役をしてくれる者が必要ね」『あや』が言う。

「昼だけじゃなくて、夜間も見回ってもらう必要があるかも」

「そうだね」


 このような経緯いきさつで、片田村に自警団じけいだんが出来ることになった。


「今回の件は『じょん』に知らせないといけない。他にもなにか対策があれば、それも教えてもらおう」


 小猿は、彼らの警戒の圏外に留まることが出来た。


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