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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 外伝
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電磁気学(でんじきがく)

 西暦一八二〇年四月二十一日、デンマークのコペンハーゲン大学。


 物理学教授のハンス・クリスチャン・エルステッドが学生に向けて電気学の講義を行っていた。彼は細いプラチナ線を用いた放電実験の最中に、たまたまかたわらにあった方位磁石の磁針が動くことを発見する。

 プラチナ線の端から火花が散ると磁針が振れる、火花が飛んだ後には、磁針は元に戻って北を向く。


 電流が磁気を発生させた。


 電気も磁気も、人類は古代から知っていた。アリストテレスによると、紀元前のギリシャの人、タレスは琥珀コハクこすると、ホコリや羽毛を引き付ける、ということに気づいていた。タレスは磁石についても言及していたという。


 しかし、長らく両者は別物だと考えられていた。


医師としてイギリスのエリザベス一世の侍医じいを務めていたウィリアム・ギルバートは、医業の傍らで物理学の研究を行っていた。

 一六〇〇年、彼は『磁石及び磁性体ならびに大磁石としての地球の生理』というラノベ並みに長い名前の著書を出版する。この中で。


 磁石が鉄を吸いつけるのは自然のままで発生する性質であるが、電気による羽毛の吸引は摩擦することにより発生する。

 磁石は鉄などの特別な物のみ吸引するが、電気は羽毛でもホコリでも吸引する。

 磁石は、それを二つに割るとそれぞれに反対の磁極(N極とS極)が発生し、それらを分離することは出来ないが、電気は正極、負極単体で存在できる。


 これらのことから、電気と磁気は別の物である、と主張した。


 なるほど、確かに電気と磁気は別物ではあるが、今エルステッドの見たものは、電流という電気の流れが磁気を発生させた、という現象だった。

 彼は同年の七月二十一日に、この現象についてのわずか四ページ強のラテン語の報告書を作成して提出した。


 この短い報告書が、当時の物理学界を震撼しんかんさせる。


 物理学で『奇跡の年』というと、一九〇五年にアインシュタインが発表した四つの論文(光電効果、ブラウン運動、特殊相対性理論、質量とエネルギーの等価性)が有名だが、この一八二〇年と、それに続く数年間も、一九〇五年に勝るとも劣らない程に物理学が躍進やくしんした年だった。


 ・電気と磁気は別の物だが、電流により磁気が発生する。

 ・しかも、発生する磁気は電流の向きと直角である。


 この二つが当時の物理学者を驚かせる。


 向きが直角であるところに驚いたのは、少し説明がいる。当時、力について知られていたのはニュートンの万有引力の法則と、クーロンの法則である。どちらも中心力といって、質点ないしは電荷同士が引き付けあう、ないしは反発しあうというものである。引き付けあう力は、二つの質点、電荷を結んだ直線の方向を向いている。ところが、この磁気を発生させる何者かは、電流の向きとは直角の向きに、電流を取り囲む同心円のように作用する。


 まったく新しい何物かであった。


 この報告書を読んだフランスのジャン=バティスト・ビオとフェリックス・サバールの二人は、同年の十一月には『ビオ・サバールの法則』を発表する。

 この法則は、導線どうせんに電流 I を流した時に、銅線から r だけ離れた距離に H という磁場が発生するということを定量的に説明する法則だ。


 アンペールは、同様に導線まわりの磁場を研究してアンペールの法則を発表する。これはビオ・サバールの法則の積分形だ。


 同じフランスでフランソワ・アラゴが鉄芯に導線を巻き付けて、電磁石の原理を発見。


 ここまでが一八二〇年の成果だ。


 翌年の一八二一年には、あのファラデーが、電流が流れる導線と磁石を使って、回転運動を発生させる初期の電動機モーターを発明する。

 この論文は師匠のデービーに無断で発表したため、ファラデーは師匠にこっぴどくしかられることになる。


 電磁気に関する実験を禁じられていたファラデーは、師匠が亡くなった二年後、一八三一年に、今度は導線に対して磁石の方を動かすことにより、導線に電流が流れることを発表する。これをファラデーの電磁誘導の法則という。


 一八七〇年代には、イギリスのジェームズ・クラーク・マクスウェルが、それまでの半世紀の間にいくつも発表された電磁気に関する法則を四つの方程式に整理し、その結果、電磁波というものが存在しうるという予言を行う。


 電磁石、モーター、発電機、電話機が発明される。電磁波の実在が確認され、無線電信、無線電話も発明された。

 携帯電話も、掃除機も、洗濯機も、冷蔵庫も、テレビも、エアコンも、すべて電磁気を応用している。


 たった四ページの報告書が、これら全ての引き金になったのである。エルステッドの名前は、磁場の強さの単位として、人類文明があるかぎり永遠に残ることになる。




「倉橋堤の水力発電機って、そういう仕組みだったのか」茸丸たけまるが言う。

「二つの磁石の間を、銅線を巻いたコイルが回転する時に、電気が起きるんだな」石英丸も感心する。

「そういう仕組みならば、コイルじゃなくって、磁石の方を回しても電気が起きるんじゃないのか」鍛冶丸がそう言うと、三人が実験を始めた。


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