女湯
女湯では、『あや』が湯舟で菖蒲の束をつついていた。
「これ、なにか商売のタネに使えないかしらね」
目を上げると、体を洗い終えた『ふう』が湯舟の方に向かってくる。
後二か月程すると、石英丸と結婚することが決まっていて、両家の家族が了承している。近しい者にも知らせていた。
『あや』が『ふう』の裸の体を凝視する。
「どうした」湯舟の端をまたぎながら、『ふう』が尋ねる。
「もう、石英丸と、したの」
「え、何を」
「何って、あれよ。きまっているじゃない」
『ふう』が怯む。
「い、いや、まだだ」
「まだなの。あれ、すると女の体って、変わるのかな」
「知らん。『あや』こそ、好きな人はいないのか」
『ふう』が珍しく反撃する。
「あたしかぁ。いることは、いるんだけど。あっちにその気がまったくないからなぁ」
「そうなのか」『ふう』が言う。
「誰なの」いつのまにか、隣に入ってきた『いと』が尋ねる。
「あ、いや。いまのは無しだ」
『ふう』ならば、そうなのか、で終わるが『いと』だと相手が誰か問い詰めてくるかもしれない。余計なことは言わない方がいい。
「もしかして」『いと』が探るような目で覗き込む。
「なんでもない。『いと』こそ、想ってる人がいそうだぞ」
「あたしが」そういって、『いと』が謎のような含み笑いをする。
この話は、危険だ。『あや』が話題を変える。
「そういえば、安宅丸と茸丸が堺に行くそうね」
「安宅丸か茸丸が気になるの」『いと』が食い下がる。
「なぁ、『ふう』、堺ってどんなところだ」
「そうだなぁ。見たこともなかった色んなものを売っている」
「異国人もいるのか」
「居る。変わった匂いがする」
「あたしも、行ってみたいな。堺」
「なによ、それ」『いと』が呆れる。
岡(洗い場)では、『えのき』が『かぞえ』の髪を洗っていた。
「目、ちゃんと瞑っているのよ」『えのき』が言う。
「でね、村で売っている紙は、半分に折ったとき、折る前の紙と比例しているの。相似っていって……」
「はいはい、口に泡が入るわよ」
「るーと二っていってね」
「口を閉じなさい。それって黄金比のことかしらね」
一度黙った『かぞえ』が、首を振る。
「あっ、そんなに頭を振ると、洗えないじゃない」
「だって、それ違うよ。紙の比は白銀比だもの」
「はい、わかりました」
「黄金比っていうのはね、正方形の底辺の真ん中から『ぶんまわし』(コンパス)を……」
そう説明する『かぞえ』に、『えのき』が上から容赦なく湯をかける。
「あ、目にはいった」
「だから、言ったじゃない」
女湯は子供が多い。
それと、会話が多いのも男湯と違う。おかみさんも、嫁も姑も、老婆も、際限なく話している。
雲雀が百匹も空を舞っているような有様だ。
しかも、相手が聞いているのかどうかは、あまり気にしていないようだ。話の腰を折ろうが、まったく別の話題であろうが、どうでもいい。ただ、たがいに話し続けることが目的のようだ。ご苦労なことである。
脱衣所で子供の喧嘩が始まる。
女の子が坪庭の池に落ちて泣き出す。金魚を捕まえようとしたようだ。
池に落ちた子供は、浴室に逆戻りさせられた。
男も女も、新しくできた湯屋を楽しんでいた。




