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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 外伝
242/628

布団(ふとん)

 片田が綿の実を手に入れ、慈観寺じかんじの庭にいたのが宝徳ほうとく二年(西暦一四五〇年)の春だったという。

 大橋宗長むねながが片田村に来た享徳きょうとく三年(一四五四年)の翌年、片田村、外山とびの村の山裾やますそは、帯のように綿畑になっていた。


 大量に収穫される綿は、石英丸せきえいまる鍛冶丸かじまる茸丸たけまるの三人が作った自動綿打わたうち機、自動紡績ぼうせき機に通され、蒸気の力で大量の綿糸めんしにされた。

 綿糸は、さらに自動織機しょっき綿布めんぷられる。

 用意された倉庫は、またたく間に綿布でいっぱいになった。


 片田村や、周囲の村に綿布による衣類がいきわたる。夏場の野良着のらぎだけではなく、冬に着る掻巻かいまきという、綿を綿布で挟んだ防寒着も出来た。

 掻巻は、寝る時に体にかけて保温することもが出来た。


 現代の日本では、掻巻を着て家の外を出歩くことはない。しかし、昔の日本では上衣じょういと掛け布団は兼用であった。

 源氏物語では、貴族などでも就寝時、自分の着衣を体に掛けて寝ている。掻巻も、元は外で着る上着うわぎだったものが、いつのまにか寝具専用になったのであろう。


 綿製の衣服が浸透すると、ある日、片田が布団(ふとん)を作りたい、と言い出した。

「布団って、なんだ」茸丸が尋ねる。

 あまりにも、あたりまえの物を説明するのは、むずかしい。

「綿を、四角い木綿袋に詰めて、たたみのようにしたものだ」片田が、なんとか説明をひねりり出す。

「その畳のようなものを二枚作り、間に入って寝る。上の布団は、綿打ちを強くして、ふわりとさせる」

寝筵ねむしろの代わりのようなもの、ですか」大橋宗長が言った。

「そのとおり」


 片田の言うままに布団なるものを二重ふたかさね作ってみた。片田が片方の布団に入って見せる。

「このように、使う。大橋さんも入ってみるとよい」

 宗長が布団に入ってみると、成程なるほどこれは寝心地がよい。

「これは、ぜいたく品ですね」宗長が言う。

「すぐに、誰でもが布団に寝られるようになるでしょう」片田が、隣の布団で上を向きながら言った。


 周囲に居た者たちが、わるわる布団に入ってみる。

「これの中で、寝てみたい」

「吸い込まれそうになる」

「出たくない」

 など、評判は良かった。


 この布団は、一重ねは、堺の片田商店に送られた。片田自身が使用するのだろう。もう一重ねは、片田村の作業棟の一室に置かれて、誰でもが布団を試すことが出来るようにした。




 作業棟に『あや』がやってくる。評判ひょうばんの布団なるものを試しに来たのだ。

「ほーお、これが天竺てんじく布団か、素敵な物ね」『あや』が、布団の中に入って、思わず言った。

 天竺布団というのは、この布団の商品名だ。


「これ、買うわ。でも、この白木綿がちょっとね」『あや』が布団綿ふとんわたを包んでいる、白木綿しろもめんの布を指して言う。

「せっかく、こんなに素敵な寝心地なのに、白木綿しろもめんじゃ、駄目よね」


「そんなもんですか」

布団を製造販売することになった組の男が言う。男は布団の布地が何であろうと、寝心地がよければ十分だった。片田も大橋もそうだろう。


「そうよ。あ、そうだ。この布団の布って、替えられるの」

「替えられますよ」

「じゃあ、布の部分は私が用意するから、布団を買うわ」


 実際日本では、片田の時代どころか戦後のある時期まで布団は自家製だった。


「一組ちょうだい。いえ、待って」

 そういって、『あや』が少し考えた後、ニヤリと笑う。

「三組ちょうだい。それだと、いつ頃受け取れるかしら」

 納期は、『あや』の予定に十分だった。




 石英丸と『ふう』の結婚式だった。

 場所は石英丸が片田村の役所の近くに建てた彼の新居だ。

 普段は男みたいな『ふう』だったが、花嫁衣裳を着せれば、やはり立派な花嫁だ。

 花嫁衣裳や式の段取りなどには、片田の助言があった。


 神主が下がり、えんが始まる。

 しばらくして、皆が盛り上がってきたところで、『あや』が立ち上がる。


「石英丸と『ふう』に結婚の祝いを贈るわ。ここにいるみんなからよ」そう言って庭を指さす。


 何人かが、二組の布団を庭から、縁側えんがわに運び入れる。

 一組ははなだという青色、これは石英丸向け。もう一つはあけという赤色の布団だった。緋は『ふう』向けだろう。

 両方とも、みやこから取り寄せた平織ひらおりの絹を染めたものだ。

 ふわりとして、と柔らかそうだった。


「きれいな色ね」

「いいわねぇ」

宴に参加した若い娘達がいう。


『ふう』は顔が真っ赤だった。

「なんていう色だ。はずかしいだろ」小声で言った後で、『あや』に言った。


「ありがとう」


 以後、嫁入道具よめいりどうぐに、二重ふたかさねの婚礼こんれい布団が用いられるようになる。



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[一言] 次は裏表に『諾』『否』と描かれた枕をw
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