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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 外伝
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供給連鎖(サプライチェーン)

 前の年(康正こうしょう三年)の初夏。鳶丸とびまるという小柄な男が片田村にやってきた。鳶丸というのは仮の名で、下柘植しもつげ小猿こざるである。

 藤林友保ともやすの命を受けて、片田村にやってきた。


 大和盆地に入って、まず感じたのは、人々が豊かそうなことであった。街道を行くときも、沿道の民に余裕が感じられた。笑顔を見ることが多い。

 田に植えられた稲を見ても、通り過ぎて来た木津川きづがわ沿いの田よりも、一回り大きいような気がする。


 山城やましろでは、今年はひでりになるのではないか、とうわさされていたが、大和盆地では、不思議な機械で川から水をくみ上げていた。

「何故、筒が回ると水ががってくるのだろう」小猿は頭をひねる。史実では一般の日本人が螺旋らせんを知るのは、種子島たねがしまに銃がもたらされて以降の事だ。


 見渡す限り水を張った田を見ながら、大和盆地を南下して、外山とびの村を過ぎる。人工と思われる小川を渡り片田村に入る。


 最初に目についたのは、煙突である。黒い煙を空に向かって吐き出している。

 煙突は大きな建物から上に伸びている。あの建物で、色々な物を作っているのだろう。

 

 製品を作るのに、あの煙を吐く何かが使われているということだろうか、小猿が思う。


 多くの煙突は川沿いにあるが、最近作られたものは、両脇の山の中腹にあるようだった。

 川沿いに続く道を登っていくと、煙突が無い建物も多数ある。右手はるかに、なにやら堤のようなものが見えてくるが、堤にしては大きすぎる。自然にあのようなものが出来たのだろう。

 村の最も高い所まで登ると、川が左に折れている。その先は草原で、馬が放牧されていた。


 ここまでか、思っていたより狭い村だな。田を持たない村である、小猿がそう思うのも無理はない。はたけも、自給のための菜園程度しかない。


 来た道を戻りながら、途中で出会った村人に声をかける。

めしが食えて、泊まれるような所は、あるだろうか」

慈観寺じかんじに行けば、飯と寝処ねどころほどこしてくれる。もし、銭があるなら、外山とびいちに行けば食べる物を売っている。市の周囲には商人向けの宿もある」村人が言った。


 片田村には生活に困って流れ着いてくる者が多かった。小猿のことを、そういった者の一人だと思ったのだろう。




 小猿の懐中かいちゅうには、藤林から渡された正実坊しょうじつぼうの預かり証が数枚、合わせて五十貫ある。

 正実坊はみやこの大手土倉どそうである。


 しかし、小猿は慈観寺に向かった。好胤こういんの世話になり、片田村の役所に行けば、仕事を紹介してもらえると教えられた。




 小猿は役所に行く前に、片田村の工場を観察した。孫大夫まごだゆうからの報告では、火薬は一斗程の大きさのかめに入っているという。そのようなものを作っている工場を『こう』と名付けておく。


 『甲』工場はすぐに見つかった。村の北の端近くの山際やまぎわにある。煙突はない。

 この工場に持ち込まれるものは三つあった。木炭の粉末、硫黄、それとしょうカリという紙が貼られた大きなガラスビンの三つだ。ガラス瓶の中には白い粉が入っているのが見える。

硫黄、木炭、硝石が黒色火薬の原料だということは、小猿も知っている。硝カリと書いてある瓶が硝石なのだろう。


 硫黄と木炭は、どこにでもあるものだ。問題は硝カリという粉だ。

 この硝カリはどこから来るのだろう。


 硝カリを持ってきた荷車がどの工場に帰って行くのか。後をつけた。彼らは片田村の中ほど、川沿いに建つ工場に入っていた。

 この工場を『おつ』工場と呼ぶことにしよう。この工場にも煙突はなかった。


 同様に『乙』工場に持ち込まれるものを観察する。一つはやはり大きなガラス瓶に入った白い粉だった。炭カリと書いた紙が貼られている。

 もう一つは、やはりガラス瓶に入っているが、こちらは無色の液体だった。この瓶には硝酸しょうさんと書いた紙が貼られている。


 さらに、この二つを追跡すると、二つとも隣接する同一工場から出てくる。この工場を『へい』工場とする。三番目の工場は、煙突があり、煙が出ていた。


『丙』工場に入ってくるのは、これは初めて見るものだ。鉄製の丸い桶らしきもので、上部に持ち手と、なにやら金色の金具がついている。小猿は初めて見るが、アンモニアのボンベであった。もうひとつ、『丙』工場には、火鉢の灰のようなものが持ち込まれる。本当に灰だろうか。


 そういえば慈観寺の僧が木炭を燃やした後に残る灰を大切そうに集めて、壺のなかにいれていた。間違いあるまい。


 ボンベはどこからくるのか。さらに追う。

 ボンベは、やはり同じように川沿いにある、少し離れた工場から出てきていた。この工場も川沿いにあり、しきりに水をくみ上げていた。『てい』工場と呼ぶことにした。

 もう一つ、この工場に入ってくるのは、石炭だった。

 『丁』工場は、大きな煙突があり、やはりしきりに煙を出していた。


 石炭は、この村に来て覚えた物だった。木炭に似ているが、もっと固い。これは所々で燃料として使われていて、舟で大和川をのぼってくることを、小猿は知っていた。


 小猿が頭の中で整理する。


 つまり、火薬の元になる硝石しょうせきは、石炭と水と草木灰から作られる、ということだ。


 最初から、甲工場(火薬工場)や乙工場(硝石工場)に入るのは、危険が大きい。

源流である丁工場(アンモニア工場)に就職を希望することにしよう。

丁工場で行っていることを知ったら、次は丙工場(硝酸工場)を調べればいい。


小猿は決めた。


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