為替手形(かわせてがた)
五月になった。そろそろ梅雨に入ろうか、という時期である。今日は幸い晴れているが、その代わりに暑い。
片田が堺の片田商店で考え事をしている。
彼は、為替手形と口座間振替の仕組みを考えようとしていた。
軍人であった片田が、生涯の間に銀行業務を考案することになろうとは、想像もしていなかった。
為替手形とは、遠隔地と取引する際に、現金を輸送する危険を避けるために用いられる。
博多在住のA氏が堺まで商品を運び、堺の商人B氏に商品売る。B氏は商品代金を現金で渡すことも出来るが、A氏が同意すれば、為替手形を振り出して代金を支払うこともできる。
この場合、A氏を『受取人』、B氏を『振出人』という。
為替手形の場合には、この二名の他に『引受人』という第三者が登場する。
この引受人に片田商店がなることにより、遠隔地貿易に関する取引を円滑化しようというのが、為替手形を考案しようとした片田の思惑だった。
要は貿易が盛んになるようにしたいのだ。
B氏が、自ら作成した為替手形に記入された金額を片田商店に支払う。
この支払がなされると、片田商店は、その為替手形の引受人欄に「片田商店」と『引受署名』をする。
『引受署名』をすることにより、片田商店は、この為替手形を持参したものに、額面金額を支払う義務を負うことになる。
為替手形には、他にも支払地、支払い場所などの記入欄があるが、この場合には、片田商店博多支店と書いておく。
引受署名がなされた為替手形を、B氏がA氏に渡す。
A氏は為替手形を持って、博多に帰る。現金を持参しているわけではないので、比較的安全である。
博多に戻ったA氏が片田商店博多支店に出向き、為替手形を支店に提出すると、支店はA氏に額面にある銭を支払う。
これが為替手形の基本的仕組みである。為替手形の使用は十六世紀の南欧あたりではじまったらしい。
原理は簡単だ。サイトを経営する第三者が仲介となって、買い手の支払いを確認保証するオンラインフリーマーケットでの取引とほぼ同じだ。
しかし、実際に運用するとなると、いろいろ問題が起きる。
途中で盗まれた場合、どうするか。持参者が受取人本人であることを確認する仕組みが必要である。
紛失したり、航海途中に遭難してしまった場合にはどうするか。再発行と二重払い予防の仕組みが必要である。
為替手形を譲渡したいときにはどうするか。裏書手形というやつだ。
偽造対策は
頭が痛い。
片田が為替の仕組みを考案しているところに、二人の若者が入ってきた。
「あぁ、暑かった。喉が乾いた」
「浄水器、ある」
二人はそういって、商店に入ってきた。茸丸と安宅丸だった。
二人は、安宅丸の造った竜骨付の船で、外山の村から堺まで回航し、今たどり着いた所だった。
大黒屋惣兵衛さんが、浄水器の方を指さす。
「あー、冷たい。やっぱり浄水器の水は冷たくてうまいよな」安宅丸が言う。
「そうだよな。船の水樽は温い」
片田が自室から出てきて歓迎する。
「出来たのか」
「ああ、いま外に舫ってあるよ」
彼らが来た目的を片田は知っていた。
「浄水器、堺で売れないんだって」
「ああ、そうだ」
片田村では、半ば強制的に設置できたが、堺ではそうはいかない。
「春先に、これが来た時には変な物造ったな、と思ったんだけど、だんだん暑くなってくると、浄水器の水は冷たくてうまいということがわかった」
なるほど、素焼きの土器に水分が浸み込み、土器表面から蒸発する。その時に熱を奪っていくので、わずかに水が冷たくなるのであろう。
「いっそ、冷水器として売った方が、売れるんじゃないか」安宅丸が言った。
片田は店頭に三台の浄水器を置き、冷水器という札を付けた。来店した客に水をふるまうと、評判となり浄水器改め、冷水器が堺の町に普及していった。




