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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 外伝
235/632

丑松崩(うしまつ くずれ)

応接おうせつの盆栽を処分しましょう」片田が言った。

「え、売っておしまいになるのですか」大橋が尋ねる。

「はい、盆栽バブルも、そろそろ終わりでしょう」

「なんですか、その盆栽ばぶる、とは」

「いえ、なんでもありません」

「でも、持っていれば、さらに値上がりするでしょうに」


「盆栽は、いい趣味だとは思いますが、盆栽鉢一つに数十貫の価値があると思いますか」

「さあ、でも価値があるから、先を争って皆買い求めるのではないでしょうか」

「実用性としては、食事一回分の燃料になるくらいでしょう」

ふたもないおっしゃりかたですね』

「あとは、芸術性です」

「その芸術性に価値があるのではないでしょうか」

「芸術性とは、形がなく、不変でもありません。明日には、不要なものとして捨てられるかもしれません」

「そうなのでしょうか。美しい物は、誰が見ても美しいと思いますが」

「それはそうなのですが、流行というものもあります。盆栽に芸術性があるにしても、いまの価格は高額すぎます。応接の二鉢は取引所の鑑定士に鑑定させて、売却します」


「は……い」

「どうしましたか。もしかして、盆栽に投資しているのですか」

「はぁ。実は先日、奮発ふんぱつして、『下』の鑑定書を一枚買いました」


「そうなのですか。売っておいた方がいいと思います。無理にとはいいませんが」


 片田は、応接間にあった二鉢の盆栽を鑑定に出し、それぞれ、五百文と六百五十文の参考価格を得た。その場で取引所に出して、実物と鑑定書を合わせて販売してしまう。

 二つ合わせて、六貫六百五十文で売れた。実物付きだったので、相場より少し高く売れたようだった。


 その場には、丑松もいた。昨日に続いて『上』二枚の鑑定書を売りに出し、九枚の『中』を手に入れる。それをさらに六十三枚の『下』と交換し、全てを銭、銀貨、米の預かり証に替えてしまった。昨日手に入れた『中』『下』の残りも売り、あわせて二百貫近くになっただろう。

 最近売り物が少なかっただけに、多くの者が群がるように丑松の鑑定書を買っていった。


 しかし、それがピークだった。


その夜、総本家と元祖の『しろむすび』屋に集まった投機家達の間で、なぜ丑松が立て続けに三枚もの『上』鑑定書を売りに出したのか、話題になった。


「母親の薬の為に換金した、と言っていたぞ」

「人参に二百貫も必要か。初日に換金した『上』一枚で十分だろう。それなのに翌日さらに二枚売った」

「まるで、鑑定書から足を洗うんだ、てな売り方だったな。全部銭に替えていった」

「確かに、見ていてハラハラするような売り方だったな。値段交渉もしないで、買い方の言い値で全部売り払った」

「見ていて、気持ちのいいような、悪いような売り方だったよな」


「……」


「鑑定書、銭に替えられるんだよな」

「ああ、丑松が替えていったろ」

「でも、もしみんなが一斉に売りに出したらどうなるだろう」


 その夜は、店での鑑定書の取引は行われなかった。




 翌朝、取引所が開く。

 冒頭に数枚の試し売りが出た。銭との交換を要求していた。それが、昼近くになっても売れない。


 そこからは総崩れとなった。誰もが鑑定書を売りに出した。いずれも銭や銀貨などとの交換を希望していた。

 その希望価格が、あっという間に安くなっていく。


昨日八十貫を超えていた『上』の鑑定書が、十貫を切る値で売りに出されている。『中』や『下』は一貫未満だった。

 誰もが頭を抱えた。


 不穏な空気を感じ取った盆栽鑑定士と、その弟子が行方ゆくえをくらます。

 彼らの参考価格は、決して八十貫などという高価な参考価格を提示してはいなかった。彼らなりに適正であろうという参考価格を出していた。

鑑定書に書いた参考価格は、『上』でも二十貫止まりだった。

しかし、相場が上がるにつれ、それに引きずられて、最近はやや高めの参考価格を出していた。

 責任を追及されたのでは、たまったものではない。


 この盆栽バブル崩壊は、後に『丑松崩うしまつくずれ』と呼ばれることになった。丑松にしてみれば不本意な名前である。彼は家族と共に朝倉を去り、奈良の方に引っ越していったという。

 母親のやまい完治かんちしたとのことだった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 欲の皮がぷっぷくぷー パンパンやね 針でつついたらパン!と弾ける [一言] そう、バブルだからね
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