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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 外伝
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虚脱(きょだつ)

 朝倉あさくら丑松うしまつが、『中』の盆栽ぼんさい鑑定書四枚を渡して、『上』の鑑定書一枚を手に入れてから二十日はつか程過ぎた。

 最近では、飯屋での取引では、『上』一『中』四の取引が当たり前になっていた。


 『上』で参考価格の高いものと、『中』五枚という取引が出た、と話題になった。


 俺の選択は、正しかったんだ。丑松が思っていた時に、彼の母親がやまいに倒れた。痛みなどを訴えることはなかったが、体がだるくなり、唇や指先が紫色になる。


 医者は虚脱きょだつと診断した。


「このやまいには人参にんじんが効く」医者が言った。人参とは高麗人参のことである。

「しかし、人参は高額である」

「どれほどなのか」丑松が尋ねると、確かに高額であった。


 鑑定書を処分すれば、支払えない額ではなかったが、まだ値が上がるだろう鑑定書を今処分するのはしい。

 母も、もうずいぶんと高齢だ、このまま……。


 そこまで考えたところで、我ながら恐ろしくなった。坊主ぼうずが言う、魔が差す、とはこのことか。


「わかった。銭は用意するので、人参を頼む」

「わかりました、では人参をせんじますので、火鉢と湯の用意をしてください」医者が丑松の女房にょうぼうに向かって言う。

「俺は、銭を用立ててくる」丑松は鑑定書を一枚つかんで、取引所に向かった。




 片田村の取引所で、丑松は銭八十貫の指値さしねで鑑定書を売りに出した。しかし、待っていても買い手がつかない。

 医者は支払いを待ってくれるので、明日また取引所に来ることもできるが、それにしてもこれはどういうことだ。丑松が考えた。


 待っている間に、考える時間は十分にあった。銭八十貫をすぐに用意できるものは、それほど多くあるまい。持参してくるのも大変だ。しかし、片田銀八十枚ならば、持参できる。あるいは、米の預かり証を数枚持ってくるのであれば、さらに容易だ。

 なぜ、売れない。


「おーいっ、丑松よぉ。お前のふだ、『中』四枚と取引しないか」声がかかる。

「いや、医者の支払いに銭が必要なんだ」

「『下』の板を見てみろ、銭や銀での買いがたくさんあるだろう。『中』を『下』に交換すれば、銭が手に入るだろう」

 『下』の板は、『上』の板と離れているので、丑松はそこまで見ていなかった。


 丑松が見てみると、なるほどそのとおりだ。そして、『中』と『下』の取引も見てみると、これも『中』の買いが多かった。

『下』七枚と『中』一枚の交換が多かった。さらに、『下』は、鑑定書の参考価格にもよるが、三貫程度で取引されている。


「よかろう、『中』四枚と取引する」丑松は『上』一枚を『中』四枚と交換した。


 交換した『中』四枚の内一枚をすぐに『下』八枚と交換した。さらに『下』二枚を五貫の銭に替えて、帰宅することにした。




 外は薄暗くなっていた。帰る道で歩きながら考えた。


 何故、『上』の鑑定書を銭と交換しようとしたら、売れなかったのだろう。

 それなのに、『中』や『下』の鑑定書とは、簡単に交換出来た。みんな、より高い鑑定書を欲しがるからだ。


 丑松には、難しい経済のことはわからない。

『下』を買うやつらは、銭と『下』を交換したがる。

しかし、『中』や『上』を取引しているやつらは、鑑定書と鑑定書を交換する。

鑑定書が、もっと高くなると思っているからだ。より上の鑑定書が、さらに高くなると思っているからだ。



本当にいつまでも高くなるのか。それに、最後は銭にしなければ意味がないが、本当に銭に交換出来るのか。


考えていると不安になってくる。持っている鑑定書が最後に銭に交換できるのだろうか。もし、出来なかったときはどうなる。


遠くで狐の遠吠とおぼえが一つ、小さく響く。丑松の心からき物が落ちた。


<明日、取引所にもう一度行き、持っている全ての鑑定書を銭に替えてしまおう>丑松はそう、決意した。


ばあさんが教えてくれたのかもしれん」丑松は母の病をそう受け取った。


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― 新着の感想 ―
[一言] あぁ、ついに引き金が…(;´д`)
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