夏越の祭り 3
それにしても、盆栽屋が増えたわね、『あや』が思う。ここに来るまでに五、六軒もあったろう。
まだ若い二年物の盆栽が百文以上で売られている。最近は五葉松だけではなく、カエデ、ハゼノキ、ケヤキなどから、花や実のつくヒメリンゴ、梅、桜、サツキなどの盆栽も現れた。
藁縄で縛った盆栽をぶら下げている村人をよく見る。厄払いついでに購入したのであろう。
盆栽ではないが、アサガオの鉢を売っている店もあった。茸丸の店だった。茸丸本人が店頭に立っていた。
「最近はキノコだけじゃなくって、アサガオも育てているの」『あや』が尋ねる。
「ああ、そうなんだ。アサガオは面白い。こんなに多様な変化をする植物はないと思う」
確かに花の大きい物、小さい物、花弁が切れ込んでいる物、様々だった。
色も紫だけではなく、赤紫、青、薄青、群青、白など、色々だった。絞の入っている物もある。
いずれも、竹を割って作ったヒゴを三本立てて、行灯仕立てにしてある。
これだけ多彩に変化するのならば、たしかにおもしろいだろう、『あや』も思う。
「今年出来たのは、これだ」
そう言って茸丸が鉢を指さす。外側が赤紫で、中心部が黄色い。それだけではなく、花弁が菊の花のように深く裂けていた。
「これもアサガオなの」
「そうだ。ただ残念なのは、この品種は種が出来ないようだ」
それ、儲けの種になるのだが、茸丸は気付いていないようであった。
茸丸のアサガオ屋の隣では、安宅丸が卓上の拡大器を売っていた。
薄い鉄の板を四枚組み合わせたパンタグラフのことだ。手前左端を固定して、真ん中の交点で、紙の上に書かれた絵をなぞると、右端の黒鉛筆で描かれる絵が二倍になる。
後に船の条板を拡大したときに使った物の卓上版だ。
「これもねえ。買い手は限られているでしょうね」『あや』が思う。
茸丸が紙に書かれた花や犬を上手になぞり、大きな絵を描いて見せる。男の子が三人程おもしろそうに見ていた。
あれ、安宅丸は簡単そうに書いているけど、やってみると難しい。実際やってみたことのある『あや』が思った。
春日社の本殿と能舞台が見えてくる。ここまで、弟達の店を見なかった。どこに店を広げたのだろう。通り過ぎちゃったのかな、と思った時、一番奥の本殿脇に、『あや』のヌイグルミの屋台があった。
また、人通りの一番少ないところに店を出したものね。やる気が無いとしか思えない。小さな子や、それより少し年長の女の子達が、離れて屋台を囲んでいた。
『あや』が背伸びして覗くと、二郎が腕を組んでムスッと座っていた。顔が怖い。あれじゃあ、売れる物も売れないだろう。
三郎の姿は見えない。逃げたのに違いない。
思い切り怒鳴りつけてやろうか、と思ったが、それでは周囲の子供達が怯えるばかりで、逆効果だ。
「店番、ありがとうね。私が代わるわ」『あや』が優しく声をかける。
やれ、これで店番をしなくともすむ、二郎がホッとした顔をするが、次の瞬間『あや』の目の奥に燃え盛る炎が見える。
「あ、あぁ、ねえちゃん。じゃあ、後は頼むよ」二郎がそういって、逃げるように去っていった。
『あや』が二郎の座っていた屋台の向こう側に回り込む。
「お待たせしましたね。みんな、もうちょっと近くによって、よく見てごらん」
遠巻きにしていた子供たちが寄ってくる。
棚のしたに売上金を入れた笊があった、『あや』が数えてみると、二百文ばかり入っていた。ヌイグルミは一つ十文から二十文くらいの値を付けていたので、それでも十数個は売れていた、ということだ。
二郎は許してやるか。
この年、康正四年(一四五七年)は、この後、流行り病と炎暑に襲われ、九月に長禄に改元される。
それでも、この年と翌年あたりが、民にとっては、室町時代を通じてもっとも良い時期だったのではないかと思う。




