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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 外伝
230/632

夏越の祭り 3

それにしても、盆栽ぼんさい屋が増えたわね、『あや』が思う。ここに来るまでに五、六軒もあったろう。

まだ若い二年物の盆栽が百文以上で売られている。最近は五葉松だけではなく、カエデ、ハゼノキ、ケヤキなどから、花や実のつくヒメリンゴ、梅、桜、サツキなどの盆栽も現れた。

 藁縄わらなわしばった盆栽をぶら下げている村人をよく見る。厄払いついでに購入したのであろう。


盆栽ではないが、アサガオの鉢を売っている店もあった。茸丸たけまるの店だった。茸丸本人が店頭に立っていた。

「最近はキノコだけじゃなくって、アサガオも育てているの」『あや』が尋ねる。

「ああ、そうなんだ。アサガオは面白い。こんなに多様な変化をする植物はないと思う」

 確かに花の大きい物、小さい物、花弁はなびらが切れ込んでいる物、様々だった。

 色も紫だけではなく、赤紫、青、薄青、群青、白など、色々だった。しぼりの入っている物もある。


 いずれも、竹を割って作ったヒゴを三本立てて、行灯あんどん仕立てにしてある。

 これだけ多彩に変化するのならば、たしかにおもしろいだろう、『あや』も思う。

「今年出来たのは、これだ」

 そう言って茸丸が鉢を指さす。外側が赤紫で、中心部が黄色い。それだけではなく、花弁が菊の花のように深く裂けていた。

「これもアサガオなの」

「そうだ。ただ残念なのは、この品種は種が出来ないようだ」

 それ、儲けの種になるのだが、茸丸は気付いていないようであった。




 茸丸のアサガオ屋の隣では、安宅丸あたかまるが卓上の拡大器かくだいきを売っていた。

 薄い鉄の板を四枚組み合わせたパンタグラフのことだ。手前左端を固定して、真ん中の交点で、紙の上に書かれた絵をなぞると、右端の黒鉛こくえん筆で描かれる絵が二倍になる。

 後に船の条板ストレーキを拡大したときに使った物の卓上版だ。


「これもねえ。買い手は限られているでしょうね」『あや』が思う。

 茸丸が紙に書かれた花や犬を上手になぞり、大きな絵を描いて見せる。男の子が三人程おもしろそうに見ていた。

 あれ、安宅丸は簡単そうに書いているけど、やってみると難しい。実際やってみたことのある『あや』が思った。




 春日社の本殿と能舞台が見えてくる。ここまで、弟達の店を見なかった。どこに店を広げたのだろう。通り過ぎちゃったのかな、と思った時、一番奥の本殿脇に、『あや』のヌイグルミの屋台があった。

 また、人通りの一番少ないところに店を出したものね。やる気が無いとしか思えない。小さな子や、それより少し年長の女の子達が、離れて屋台を囲んでいた。

『あや』が背伸びしてのぞくと、二郎が腕を組んでムスッと座っていた。顔が怖い。あれじゃあ、売れる物も売れないだろう。

三郎の姿は見えない。逃げたのに違いない。


 思い切り怒鳴りつけてやろうか、と思ったが、それでは周囲の子供達がおびえるばかりで、逆効果だ。


「店番、ありがとうね。私が代わるわ」『あや』が優しく声をかける。

 やれ、これで店番をしなくともすむ、二郎がホッとした顔をするが、次の瞬間『あや』の目の奥に燃え盛るほのおが見える。

「あ、あぁ、ねえちゃん。じゃあ、後は頼むよ」二郎がそういって、逃げるように去っていった。


『あや』が二郎の座っていた屋台の向こう側に回り込む。

「お待たせしましたね。みんな、もうちょっと近くによって、よく見てごらん」

 遠巻きにしていた子供たちが寄ってくる。


 棚のしたに売上金を入れたざるがあった、『あや』が数えてみると、二百文ばかり入っていた。ヌイグルミは一つ十文から二十文くらいの値を付けていたので、それでも十数個は売れていた、ということだ。


 二郎は許してやるか。




 この年、康正こうしょう四年(一四五七年)は、この後、流行はやり病と炎暑えんしょに襲われ、九月に長禄ちょうろくに改元される。

 それでも、この年と翌年あたりが、民にとっては、室町時代を通じてもっとも良い時期だったのではないかと思う。


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― 新着の感想 ―
[一言] 村の人生 そんな感じの話ですね
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