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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 外伝
225/633

野村孫大夫(のむら まごだゆう)

 筒井城は享徳四年(西暦一四五五年)八月十九日に陥落かんらくした。

このように、日本の元号に対して括弧書きで西暦を記している場合には、八月十九日というのは旧暦であり、西暦では一四五五年九月三十日になる。


 大和盆地の南西部は畠山はたけやま義就よしひろの勢力下になった。このため越智おち家栄いえひでは、自身が経営する南部の矢木やぎの市から座を締め出して田舎市とすることが出来た。


 翌年二月、義就はさらに大和盆地での勢力を拡大しようとし、十市とおち城を攻める。しかし、攻撃の主軸となる騎馬隊を片田の臼砲きゅうほうに粉砕され、加えて伊賀・名張なばりの軍に包囲の一翼である越智おち軍の背後を衝かれてしまう。

 義就のくわだては失敗した。


 騎馬隊を失った義就は、しばらく積極的な軍事行動を行うことが出来なくなった。


 しばらく膠着こうちゃく状態が続くと見た片田は、この機会にさかいに出店することにした。

 堺の海に面した土地に片田商店を開き、瀬戸内海交易の商人達に直接干しシイタケや硫安、眼鏡を売った。店内に相場板を置き、商店は来店する商人達の姿が絶えなくなる。


 片田は畠山義就との共存を図る。そのために後に覚慶かくけい運河と呼ばれる河内運河構想を考案した。運河は片田村を海に繋ぐ道にもなる。

 この運河があれば、大和・河内の物流は大幅に改善され、かつ運河以北の河内半国に広く農業用水を配ることが出来る。


 現在の八尾市、平野区付近は、古代には条里制のもとに米作が行われていた。しかし、海水面の後退とともに大和川の水位が低下し、片田達の時代には畑作に使われるか、荒れ地になっていた。

 それらの土地が、水田として利用できるようになる。


 片田の運河構想は、義就に入れられることになり、彼は出資することを決める。


 出資した畠山義就は、目付めつけ役を送ってきた。義就が出資した事業が適正に行われているのか、監視するのがその役目だった。


 目付役は野村孫大夫まごだゆうと名乗った。


 日本武尊ヤマトタケル陵(白鳥陵)近くの作業員宿舎に隣接して運河建設の事務所が建てられている。そこで野村孫大夫が片田と初対面の挨拶を交わした。その後に目付役の席を用意してあるので案内する、と片田自身に言われた。

 現代の日本であるならば、監査役かんさやくの席というものは、会社のめだたない一角に個室を設けられ、半ば隔離されたような席であることが多いかもしれない。

 孫大夫も、目付役の居場所とは、そのようなところであろうと思っていた。


 ところが、案内されたのは広い作業室の隅であった。設計作業をおこなっているのであろうか、人々が活発に動き回っている。その一角であった。


 全て丸見えである。


 隠し事などしない、存分に見てくれ、と言わんばかりである。

 作業室全体を見渡したところ、まず目についたのが書類の多さであった。この時代、紙は貴重だった。少なくとも孫大夫はそう思っていた。

 それであるのに、様々な図面、計算書などがあちらこちらに積み上げられている。

 床に置かれた木製の、屑籠くずかごであろうか。そこには丸められた紙がゴミのように捨てられて、山になっている。

<裏紙を使わぬのか>孫大夫が思う。


 席に座った孫大夫が思った。これは、これで居心地が悪い。


 片田に初老の庶務しょむかかりの男性を紹介され、必要な書類などは彼に言いつけてくれれば、いつでも閲覧できるようにする、と言われる。

 何から始めるか、そう思った孫大夫は、まずは組織全体がわかるようなものを持ってきてくれ、と頼んだ。

「では、部署をまとめた図と、名簿をもってまいりましょう」庶務掛の男が言った。


 孫大夫は組織の概要と、おおよその人数を把握した。


「次は、建設計画の概要を数字でわかるようなものがあれば、持ってきてほしい」孫大夫が頼む。


 ややしばらくして、部屋の反対側から数えで十六、七歳と思われる若い娘がやってくる。

 人見知りなのだろうか、顔を赤くしながら、訥々(とつとつ)と話しかけてくる。

「あの、これが、全体の図面と計算書だ……頻繁ひんぱんに参照するので、その、申し訳ないが、見終わったらすぐに返してほしい。数日以内には……その、写しを作らせる」

『ふう』だった。

「わかった」孫大夫が書類に目を落とすと、まったく分からない記号が書いてあった。

『ふう』たちの計算書はアラビア数字で書かれている。

「なんだ、これは」

「そう思って……算木さんぎと、数字の、対応表を持ってきた」

「数字の並びは、あれだ、算木と同じで、その、右の方が小さい数だ」そういって一枚の紙を渡す。

「成程、これがあれば、わかる。このマルは何だ」

「そのマルは、それは、ゼロといって……何もないことを表す。算木ならば空白に対応する」

「わかった」


 計算書の余白には、ところどころ落書きのように筆算ひっさんした跡がある。なんだろう、すみではないな、柔らかい木炭もくたんのようなもので書いた数字であった。


 異国に来たようだ。孫大夫は思った。


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