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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 外伝
222/632

外山の市(とびのいち)

 外山とびの市の建設が始まっている。今のところ、中央部の食堂街、その左に干しシイタケ屋、眼鏡屋。右側に硫安屋と紙屋までが出来ていて、営業を開始していた。

 食堂街の近くは火事の恐れがあるということで、両隣二軒を片田が買った。


 大和川の水深を深くするために浚渫しゅんせつした。その時に出た砂が広場にかれている。風車でくみ上げられた水が、三輪道沿いの水路を流れている。

 広場の砂には、水路の水を定期的に撒いているので土埃つちぼこりが出ない。

 

 新緑の三輪山みわやまの上には青空が広がり、ツバメが鋭い角度で飛んでいた。


 食堂街には、もちろん『おたき』さんの店もある。片田と『ふう』が、その店からお盆を持って広場の食卓に戻ってくる。食卓には犬丸が待っていた。

『おたき』さんの店の市場店は、定食ではなく、一品ずつ注文できるようになっている。

 三人分の椎茸しいたけ飯、椎茸のうしお汁、茶碗蒸しと、あとは犬丸のための伊達巻などがお盆の上に載っていた。

『ふう』は数えで十六、犬丸は十一歳になっていた。


「大和川と粟原おおはら川、それぞれが伊勢道と交わるところは三十三尺の高低差がある。粟原川の方が高い」『ふう』が言う。

「すると、水の流れは粟原川から大和川へ、だな」

「そうね。伊勢道沿いに通したとして、距離は二百二十間くらいだから……四十分の一もある。そのまま通すことはできない」『ふう』が言った。


 二人が話し合っているのは、片田村と外山の市を結ぶ運河の計画であった。

 片田村は粟原川の水運を使っている。それに対して外山の市は、大和川の舟運の最上流に位置していた。

 両者を水運で結んでやれば、片田村から外山市に舟で製品を運ぶことができる。しかし、そのためには運河を設けてやらなければならない。


 ところが、大和川と粟原川の高低差が十メートル程なのに対して、両者の距離が四百メートルしかないので、四十メートルあたり一メートルの高低差がある、と『ふう』は言っている。

 この高低差で普通に運河を作ったら、舟が登ることはできない。


 二人は午前中に、別の亀の瀬運河の基本設計を行っていた。亀の瀬運河は、この夏から冬にかけて片田が作ろうとしている小さな運河だった。

 片田はこの運河に高低差を解消する閘室こうしつが一つでいいと考えた。閘室とは中に舟を入れて前後を閉ざし、水の抜き差しで水面を上下させる部屋のことだ。

 それに対し『ふう』は二つ閘室を設けた方が、全体の工数が少なくて済むといい、午前中一杯、二人で積算を行っていた。

 結局『ふう』が言うとおり、亀の瀬運河には閘室を二つ設けた方が、全体の費用を抑えられることが確かめられた。

 工事積算では、すでに片田は『ふう』にかなわなくなっていた。


 亀の瀬運河の積算を終え、三人が外山の市に昼の食事をしに来ていた。

 犬丸は、『ふう』の子守が必要な歳ではなくなっていたが、今日はなんとなく付いてきていた。でも、そのおかげで伊達巻にありつけた。


虎衛門とらえもん、やっぱりうまいな」犬丸が言う。

『ふう』が犬丸の虎衛門(伊達巻)にはしを突き立て、ひとかけら奪う。

「あぁ」

「少しぐらい、いいじゃない」『ふう』が伊達巻を口の中にいれる。


 五月晴さつきばれだった。青空を背景にして風車が回っている。き上げられた水が水路を光りながら流れ下る。

 広場には近隣の人々がむしろを敷いて露店を開いている。

 藁を編んだ草鞋わらじみのかさ。味噌、野菜、川魚を干した物。

 荷車に載せた盆栽ぼんさいを売っている者もいた。

 水飴みずあめを売る老女も出てきていた。


 市に座を入れていないので、物を売りたい者は、このように気ままに店を出している。広場に露店を出す分にはかぶを買う必要もなかった。


 椎茸飯を食べ終えた犬丸が鉄銭を握って水飴屋に向かう。犬丸の向こうから大橋宗長むねながが片田を見つけてこちらに歩いてくる。


「片田さん、ここにいたのですか」

「はい。大橋さんも食事に来たのですか」

「いえ、相談したいことがあります」

「私にですか。なんでしょう」

「それが、昨日あたりから市の株を買いたいという者が十人程も来ています」

「市の株は、もう全て売れてしまいましたが」

「はい、このところ天気が良いせいでしょうか、市を見物に来て自分も店を出したいと思ったようです」

「しかし……」

「彼らが言うには、食堂街は倉庫も荷揚げも不要なので、大和川に面している必要がない。食堂街を三輪道側に移動すれば十店舗程空く、その株を売ってほしい。食堂の方も三輪道に面している側にも入口を作れば客が増えるだろう、とのことです。」

「それは、一理ありますね。大橋さんはどう考えますか」

「私は、火事の心配も食堂街に限定されますし、いい考えだと思います」


 片田があらたに十軒の食堂街を作る費用を概算した。大和川の浚渫も広場の造成もすでに済んでいる、店舗を増やす費用だけなので、十株五百貫の銭で十分まかなえる。


「では、株主に集まってもらって、相談することにしましょう」

 この市の所有者は株主達であった。したがって片田の一存で決めることはできず、株主総会にはかる必要がある。


 この議案は総会を通過し、新たな購入希望者達は、入札で一株六十五貫で市の株を買うことになった。


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