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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 外伝
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貯蓄銀行

 片田と大橋が、申請されてきた融資希望案件から、事業評価書を作成するに値すると考えられるものを選び出していた。


「糸をつむぐ糸車と、機織はたおりり機を生産したい、という融資希望です」

「それは、やめておきましょう」片田が言う。

「何故ですか。綿めんの栽培も順調だと聞いています。春には外山とびの村人に綿の種を配る予定ですよね。夏の終わりに綿花めんかが大量に取れれば、綿糸を作る糸車と綿布を作る織機しょっきが必要になります」

「蒸気機関を使った自動紡績ぼうせき機と自動織機を試作しています。それらが完成すれば、大量の綿布が作れるようになるので、手動の紡績と機織りは無くなります」

「綿糸と綿布も、蒸気機関で作れるようになるのですか」

「そうです」

「そんなことまで、できるのですか」

「蒸気機関は、動力です。十分に考えられた機械を作って動力につなげてやれば、機械ができることであれば、いくらでも自動的に働いてくれます」


「次は、麻繊維を蒸す蒸桶むしおけを作りたいということです」

「どういうものでしょうか」

「図が付いています。このように、大きなかまに水を入れて麻やこうぞを蒸して繊維を取るのだそうです。従来の物は、ただ釜にいれて湯を沸かすだけだ、と書いてあります。そこに逆さまにした蒸桶を被せて蒸気が逃げないようにする、すると、まんべんなく蒸せて、燃料も節約できるとあります」

「それはいいかもしれませんね」

「蒸気機関の試験を見て思いついた、とも書いてあります」

矢木やぎの市の麻座に行って作業場を見せてもらうといいでしょう。その上でよさそうだと思うのであれば、事業評価書を作ってみてください」

「わかりました」大橋がそう言って、その申請書を『検討』と書かれた箱に入れる。


「つぎは、小さくて精密なたがねと、それを使って作るやすりの申請です」

「それは、欲しいですね。誰の申請ですか」

「これは、鍛冶職人達のところの親方が申請者です」

「彼らは砕石のために、たくさん鏨を作っています。それでより精密なものを作りたいのでしょう。いいです。それも調べてみてください」

 片田はそう言ったが、この案件はすでに決済するつもりだった。


「最後は、うん、これはなんでしょうか『盆栽ぼんさい』と読むのでしょうか」

「盆栽、ですか」

「はい、なんでも、従来より小さな葉を持つ五葉松ごようまつを見つけたので、この五葉松を育てて盆栽として販売したい、とのことです」


 盆栽の元になるとうの国の「盆景ぼんけい」は、すでに平安時代に入って来ているそうだ。

 この時代に盆栽と呼んでいたかどうかはわからないが、片田も尋尊じんそんさんの興福寺大乗院や、好胤こういんさんの慈観寺じかんじで鉢入りの木を見ている。

 すでに盆栽というものが鑑賞かんしょうの対象になっているのだろう。


「判断しにくい案件ですね」

「はい、事業評価書をつくろうとしても、費用対効果など調べようがありません」

「いくら貸せ、といってきているのですか」

「出荷用の化粧鉢を買う費用として五百文貸してほしい、と書いてあります」

「それぐらいであれば、評価せずに貸してみましょう」片田が言った。

 五百文といえば、現代の四万円弱くらいであった。


 あまりに少額の融資希望額であったので、貸し倒れてもかまわない、そんな気軽な考えで融資することにした。

 ところが、その盆栽が後に大事件を引き起こすことになるのである。

片田と大橋は、そんなこととは知らずに融資を行った。




 大橋宗長むねながが来てくれたことにより、楽民銀行の業務に余裕が出来た。片田は楽民銀行に貯蓄部門を作ることにした。

 十市とおち遠清とおきよから片田村に派遣されている代官は羽鳥はどり氏である。羽鳥氏の仕事は片田がもうけの二割を正しく年貢ねんぐとして納めているか監視することである。

 片田村の規模が大きくなるにつれ、羽鳥氏の下の役人も増えていった。彼らは計算の才がある者たちであった。多くは僧侶出身者である。

 片田は月末で締めて報告を行っていたので、彼らは月初が忙しい。しかし、その後二十日程は暇であった。

 その二十日間に銀行業務を手伝ってくれないか、と片田が申し入れた。

 税務署に対して、年度末以外は暇であろうから、仕事を手伝ってくれと言っているようなものだ。

 ひどい話であるが、そのひどい話がとおってしまった。

 羽鳥氏が三名の部下をそれにあててくれた。


 その三名を管理職とし、片田村で算数を覚えた十代半ば以上の年長者達を実務掛かりとして雇うことにする。管理職達は子供達の計算能力に驚く。不思議な記号を使って、算木さんぎを使わずにまたたく間に計算してしまう。


 楽民貯蓄銀行に口座を開設するものは、口座通帳を渡され、そこに入出金が記録される。それまで、農民や職人は自宅のかめもうけた金を保管していたが、その銭を銀行が預かるというのだ。しかも、銀行は代官所に事務所と金庫を置いた。

 代官所に盗みに入ろうなどというものはいない。


 片田村とその周囲の十市郷の民は、肥料、農法の改革、新事業などで儲けた銭を貯蓄銀行に預けた。


 楽民銀行は、それまで片田の金で融資をおこなっていたが、貯蓄銀行が出来たことで、銀行自らが融資を行うことができるようになった。


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