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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 外伝
218/619

大橋宗長(おおはし むねなが)

 冬の風に乗って、その男が片田村にやってくる。引いてきた馬に載せた荷物が全財産であった。年の頃は二十五、六。片田と同じくらいである。

 よく動く、賢そうな目をした男だった。


 片田から楽民銀行のあらましについて説明を受け、一緒に片田村を一回りする。

「これがアンモニアの盆兵衛ボンベで、それを使って、そちらの設備で硫安りゅうあんという肥料ができるのですか」男が感心して言う。

「蒸気機関。火を炊くだけで、昼夜問わずに動き続けるのですか。でそれが機械の動力になるのですね」男が目を輝かせる。


「どうですか、これらの工場などは、みな楽民銀行の融資により起業しました。楽民銀行の仕事をしてみますか」片田が尋ねる。

「もちろんです。これが私のやりたかったことです」その男、大橋宗長むねながが言った。


 宗長は楠葉くすば西忍さいにんの土倉で融資の仕事をしていた。融資の多くは金に困った公家や僧侶、農民への貸金だった。返せなければ、彼らから担保たんぽがしとらなければならない。嫌な仕事だった。

 剥がされる者達からは、鬼か魔のようだ、とののしられる。

 あるいは年貢の徴税権ちょうぜいけんを受け取ることもある。そんなときには地方の農民からもうらまれる。

 あげくの果てに、借金を返せなくなった者達が徒党ととうを組んで、土倉を襲い、質草しちぐさや証文を奪っていく。火をつけられることもある。貸すときには、拝むばかりの態度で来ていた者たちが豹変ひょうへんするのだ。


 この年(享徳きょうとく四年、西暦一四五四年)には洛中らくちゅう(京都のこと)で大規模な一揆いっきが発生し、十月に幕府が徳政令とくせいれいを出した。

 宗長が融資していた貸金かしきんも、いくつも棒引きになった。なんのために金貸かねかしをしているのかわからない。

 宗長が西忍の土倉を出発した日には、東寺とうじの金堂が一揆勢に焼き払われたという知らせが入って来ていた。

 困っている者に金を貸すのは、必要かもしれないがつまらぬ。それよりもなにか事業を起こす者に金を貸したい。その事業が成功すれば、事業者が儲かるだけではなく、民が栄えるだろう。その方がよほど仕事として面白い。

 宗長は、そう思っていた。


 だから、片田の楽民銀行を見て、これだ、と思ったのだった。


「これらの工場などで使われている技術など、大橋さんはご存じないことも多いと思います」

「はい、急いで学びたいと思います」

「それは、いいでしょう。しかし技術的側面を知らずに融資すると失敗します」

「そうかもしれません」

「ですから、楽民銀行の運用のいくつかは、いずれお任せしようと思っていますが、融資の判断については、ずっと一緒にやることとしたいのです」

 片田は遠回しに言っているが融資の決裁権は片田が持つということだ。


「それは、かまいません」学ばなければならないことが山ほどある、大橋はわかっていた。自分ひとりの判断で融資するなど、先の先の話だ。


 それにしても、これはなんだ。宗長がいままで融資してきた事業は、溜池造成とか、導水路、新規の酒屋、仏具屋、金箔屋などだった。

 ここでは、そのような、どこにでも見られるありふれた技術とは異なる、まったく新しい物がある。

 溜池一つとってもそうだ。倉橋溜池、あんな雄大な溜池を見たことはない、どのような技術があれば、あれほどのものを作れるのだろう。電気や蒸気機関とかいうものも初めてだ。


「よろしいでしょう。では、楽民銀行でのあなたの仕事は、融資案件の窓口です。融資希望者のやりたいことを聞き出して整理してください。その上でその事業の良いところ、成功可能性、収益性、反対に悪いところと失敗の危険性、それらを技術的観点も含めて検討し、事業評価書を作成する。これをあなたの仕事とします。事業評価書を作成する過程で、技術的知識も身に付くでしょう」片田が大橋宗長に言った。

「作った事業評価書を元にして、私とあなたとで、融資をするかどうか決定しましょう」


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