タマゴ料理
『おたき』さんが『ゆでたまご』を一口食べる。こだわりはないようだ。
「うーん。まぁまぁね。でも、人によっては、これは嫌だろうな。形がタマゴのまんまだし」『おたき』さんが言う。
「だめですか」片田が残念そうに言う。好胤さんの大奮闘のおかげで、宗教的禁忌は取り除かれたが、村人が好んで食べるかどうかは別問題だった。
「タマゴって、茹でると白いところはプリプリしていて、黄色いところはホクッとするのか。混ぜたらどうなるんだろう」
「さあ」料理については、慈観寺で寺男をやっているとき、一通りのことはやっていたが、手の込んだことはわからない。
「タマゴ、五十個くらい売ってくれない。いろいろやってみる」『おたき』さんが言った。
数日後、『おたき』さんから店に来るようにという誘いが来た。
「幾つか作ったのら。食べてみて」
『おたき』さんが最初の皿を持ってきた。お好み焼きのような見た目の四角い料理だった。鉄板の上で焼いたのであろうか、横は黄色く、上面は焦げ茶色だった。
「これは、『虎衛門』という料理だ」あいかわらず勝手な名前を付けてくる。色から名前を決めたのだろう。
まだ温かい料理を片田が食べてみる。形は異なるが、伊達巻だった。
「これはすごい。どうやって作ったんですか」
「干しダラをすりつぶしたものと山芋をおろしたものを混ぜて煮て、『あんぺい』を作る。それをもう一度すりつぶしたところにタマゴと水飴を入れて焼いたんだ」
『あんぺい』は『おたき』さんの店で既に出している料理の一つだ。現代の『はんぺん』に似ている。
「ちょっとタマゴ臭いかもしれないですけど、甘いので子供でも食べられますね」
「そうか、そうか」うれしそうな顔をして厨房に戻り、次の料理を持ってくる。
「次は『朧月夜』だ」
すりつぶした豆腐と卵をよく混ぜて椀にいれたものに戻した乾燥エビを混ぜる。
それを蒸して固める。逆さにして上から出汁で溶いた片栗粉でつくった餡をかけると出来上がりだ。
最後に小葱をまぶしている。白くて丸いものが出汁の中に浮いているところは、朧月と言われれば、そのようにも見える。
「これは食べやすいですね。タマゴらしくないので好胤さんでもいけるかもしれない」
「そうだろう、そうだろう」
「最後のは、熱いやつと、冷たいやつがある。これが一番の自信作だ」そういって『おたき』さんが厨房に引っ込んだ。
お盆の上に蓋付きの碗を二つ載せて、戻ってきた。
「これは『夢の浮橋』だ。右が熱いやつで、左が冷たいやつ。右のを持つときは気を付けて」
『夢の浮橋』といえば、源氏物語か藤原定家だが、と思いながら片田が右の蓋を開ける。
「茶碗蒸しですね」片田が思わず言った。
「順の国では茶碗蒸しというのかい。あまり風流な名前じゃないね。そのまんまじゃないか」
確かに飾りとして、表面に薄切りにしたシイタケが一枚と三つ葉が乗っている。シイタケが浮橋のように見えないこともない。
片田が食べてみると、中にシイタケ、ユリ根、小エビ、『あんぺい』などが細かく刻まれて入っているようだ。
片田としてはギンナンも入れて欲しかったが、あれは好き嫌いがありそうだから、今言うのは止めておこう。
「こちらは冷たいのですか」片田が訪ねる。片田は冷たい茶碗蒸しを食べたことが無かった。
「そう、上に出汁が掛かっているのよ」
片田が蓋を開けてみる。確かに茶碗蒸しの上を薄く出汁が覆っていた。食べてみると潮出汁だった。流水で冷やした食感がいい。
夏の暑いときには、これもいいかもしれない。
「どれもおいしいです。すごいですね、『おたき』さん」片田が感心する。
「そうか、そうか」『おたき』さんが嬉しそうに揉み手しながら言う。
「定食に添えてもいいんだけど、最初は別の献立にしようと思う。各地から来る人達は、タマゴに慣れていないだろうから」
店が大繁盛するところを夢見ているような顔つきだった。
どの料理も、タマゴの形が残らないようにし、何か他の物と混ぜて、なるべくタマゴらしさが出ないようにしていた。これならばうまくいくだろう、と片田は思った。
『夢の浮橋』なる茶碗蒸しは、好胤さんの大好物になった。形が無く、匂いさえ気になら無くなれば、タブーは破れやすいのかもしれない。彼は『おたき』さんの店に来ると必ず『夢の浮橋』を注文するようになる。
それを見た各地から来る客が、お坊様でも食べるのであるから、食べても大丈夫なのだろう、と注文するようになる。
後に『おたき』さんは「たき流 卵百珍」というレシピ本を木版で出版し、タマゴ料理の普及に貢献することになる。それぞれのレシピに、とてつもない料理名が付いているのは、言うまでもない。
明日より、恐縮ですが以前と同様に週休二日とさせていただきます。
定休日 日曜日、水曜日
あしたはお休みです。




