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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 外伝
213/629

倉橋堰堤(くらはし えんてい)

 翌年(片田が室町時代に来て三年目)の九月、楠葉くすば西忍さいにんが遣明船にせる眼鏡と干しシイタケを受け取りに来た。

 片田は西忍の希望通り百箱の眼鏡箱と五千斤の干しシイタケを作ることが出来たが、そのためにこの一年は片田村が総出に近い労力を要した。


 西忍との取引が無事に済んだので、この冬はかねて計画していた倉橋堰堤ダムの作業に取り掛かれる。

 この事業の許可を十市とおち遠清とおきよに願い出たときに、遠清はあきれていた。そんな途方もないことができるのか、と。


 片田村を南東から北西に流れ下る粟原おおはら川は、片田村の南端で東に曲がる。その部分で南から来るもう一つの無名の小流と合流する。

 その小流は、南にさかのぼりやがて西に向きを変え、北の鳥見山と南の音羽山から伸びる尾根にはさまれた沢を登っていく。その沢の部分をまるごと溜池にしようというものだ。

 溜池を作るために、二つの尾根にはさまれたところに、高さ百尺(三十メートル)、幅八百尺(二百四十メートル)の土盛りをするという。

 

 城の建設が大規模になりはじめた時代で、遠清も畠山はたけやま義就よしひろ高屋たかや城や、越智おち家栄いえひで高取たかとり城の噂は聞いていた。しかし、溜池のために、そのような大規模工事を行うというのは、聞いたことがない。

 古代の河内かわち狭山さやま池、讃岐さぬき満濃まんのう池以来の大工事であろう。


 片田が言う。

鉄がたくさんできるようになったので、のみで岩を穿うがつことが出来る。その隙間すきまに火薬筒を差し込み、岩をくだくことも出来る。

 一尺から二尺程度の大きさの岩をたくさん作れるはずだ。


 初めは、つつみの近くの岩盤がんばんを砕き、その岩を堤に積み上げる。積み上げることにより、池に水が溜まる。

 水位が上がれば、砕石場は遠ざかるが、運搬には池の水上を丸木船で堤まで運んでやればいい。

 手動の簡易起重機を幾つも作るので、岩をもち上げるのも、さほどのことではない。


 十市遠清は許可することにした


 農閑期には、片田村だけではなく、周辺の村人も参加する。

 工事は、片田村に井戸を掘ることから始まった。工事で出る土砂が粟原川に流れ込むからだ。村で井戸堀りが行われている間に、片田が工事予定地で測量を行う。

 積算などのための予備測量は、十市の殿様に申し出る前に終えていた。今やっている測量は詳細工程を決めるための測量だ。


「そこ、棒を押さえて前後に揺らして」片田が言う。

 目盛りが付けられた棒を立てに地面に押し付けている『ふう』が棒を前後に動かす。垂直位置を確認する作業だ。

「よし、そこ」そう言うと、片田が読み取って、測量板に張り付けた紙に細く割った木炭片でなにかを書きつける。

「いいぞ」

 そう言うと『ふう』が駆け寄ってくる。

 片田が、棒を使って地面で幾つかの計算をしたあとに、また測量板に数字を書き込む。

 『ふう』は既に数字と簡単な計算を習っていたが、片田が何をしているのか、よくわからないので、しきりに知りたがる。


「ああ、このようにすると、この場所と『ふう』が立っていた場所の高さの差がわかる」片田がそういって説明する。

「高さがわかれば、どれ位の石を積めばいいか、決まる。そうすると、必要な人手や火薬の量が計算できる」

 片田が分割された詳細工程の積算方法を教える。


 『ふう』が納得しようとする。


 形、高さ、幅、奥行き、などが決まれば、体積がわかる。一つの石が一尺四方だと仮定すると体積を割り算すれば、何個必要なのか分かる。それはその通りだ。

 三人一組だとして、一日に何個の石を切り出せるのか、それを堤まで持ってくるのに、さらに三人の組を作って一日に何個運べるか。

 これは、試しに数日やってみればわかる。もうすでに試していた。

 それならば、何人用意すればいいか、何日かかるか、このようなことが計算で出てくる、ということだ。


 犬丸の相手をしていた石英丸せきえいまる茸丸たけまるもやってきて、『ふう』と、三人で話し込んだ。




 しばらく時が過ぎ、井戸の水が澄んだ。倉橋の沢から爆発音が聞こえだす。運べる大きさに割った岩が積み上げられ、堤の大きさがわかるようになってきた。


「大きいなぁ」茸丸が言う。

「これを百尺積み上げるのか、気が遠くなるな」石英丸も言った。

  堤の向こう側に水が溜まり始めていた。


 片田村や外山とびの村の子供たちの間で堰堤遊びが流行はやる。小さな沢があるところに、やたら土が積み上げられ、水があふれて、農家の裏手に流れ出す。

 思いもしないところに水が流れてきて、子供たちが叱られることになる。


 木製の三脚の上に台座が置かれていて、その上に木製の長いてこが供えられている。片田が簡易起重機と呼んでいた機械だ。梃を取り付ける雲台うんだいの部分だけが鉄で作られている。

 短い側の端には、わらで作った荒縄あらなわが結ばれており、下は刺し子の打たれた麻布が付いている。

 二人の男が岩を転がして麻布の上に載せる。それを見た三人組頭が拍子を取る。

「いっくぞぉ」

 組頭が梃の反対側を押し下げて岩をもち上げる。残りの二人が転がり落ちないように岩を押さえる。

「右に振るぞ」

 組頭がゆっくりと梃を横に振り、水際に寄せられている丸木舟の方に導いて、舟がひっくり返らない位置を見定めて岩を降ろす。

 幾つか岩を載せた丸木舟が岸を離れ、起重機の三人とは別の三人組の漕ぎ手が竿さおを操り、堰堤の方に運んでいく。


 果てないような作業が繰り返され、徐々に堰堤が積みあがっていった。


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