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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 外伝
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楽民(らくみん)銀行

 楽民銀行は、年利五分(五%)の単利で、利息は元金を超えないものとした。借り手は最低でも五名のくみを作り、代表者を決める。銀行は代表者に対して融資するものとし、融資額の上限は五十貫とした。

 また借り手は楽民銀行互助会に加入することとし、会員が窮地に立った時には相互に協力することとした。


 驚くべきことは、無担保むたんぽの融資だということだ。古来担保の無い借金というものは聞いたことがない。

この時代でも土倉は担保を取っていた。一般的に担保とされていたものは、いくつかある。

貴族や自社など領地を持つ者が担保にするのは領地からの収税権、これは領家職りょうけしき地頭職じとうしきなどと呼ばれた。

農民であれば、土地を耕作する耕作権、これは作職さくしきと言う。

商工業者であれば座の営業権や座頭の地位も担保となった。


片田は楽民銀行では担保と取らないとした。銀行を始めた目的は利子ではない。産業をおこすことが目的だった。貸し倒れても困らないように、融資額に上限を設けることにして、危険を避けることとした。


 当初の融資先は女性のみとした。これは『おたき』さんの助言に従った。


『おたき』さんの飯屋めしやがモデルケースとなり、村の女性達が見学に来た。二人が予想したとおり、飯屋をやりたいと申し出る組がいくつも出てきた。


「村全体で飯屋は三軒までとします。それ以上飯屋があっても儲かりません」片田はそう言って以降の飯屋への融資を断った。

 飯屋が幾つも出来て、共倒れになってしまうのはまずい。


「それよりも、このような仕事をされたらいかがでしょう」そう言って、割り箸と爪楊枝の製造を勧めた。これならば、ほとんど元手なしで始められる。

「そんなもの、売れるのけ」飯屋をやりたがっていた主婦が言う。

「大丈夫、わたしの飯屋で買うわ。箸と楊枝併せて、五本一もんでどうかしら」『おたき』さんがいう。

 ずいぶんと安い値を出したが、座に売る草鞋わらじ一足を作るよりも楽に出来るだろう。主婦たちはやってみると言った。

 片田は彼女らに割り箸を容易に切り出せる裁断機や、原料の木材をる煮沸器を作って渡し、その原価を融資することにした。


石鹸せっけんというものを作ってみませんか」片田が言う。片田は水酸化ナトリウム(苛性ソーダ)を作れるようになっていた。荏胡麻えごま油と水酸化ナトリウムで石鹸が作れる。

 片田が石鹸を作って見せると、なるほど汚れた手ぬぐいがきれいになる。この組は大当たりの組になり、有名になった。


「これは、マッチといいます。このように簡単に火をつけることができます」

「洗濯板があれば、洗濯が楽になりますよ」

提灯ちょうちんです。風が吹いても火が消えません。使わないときにはこのようにたたんでおけばいいので、場所もとりません」


 いろいろな事業を始める者が出てきた。自分で思いついた事業をもちこんでくる者があらわれる。片田はほっとした。なにしろ、それまでは事業の当たりはずれが片田の提案にかかっていたからだ。はずれの提案を受け取った組は不満だった。


「割り箸では、いくらも儲からない」


割り箸と爪楊枝を提案された主婦の組が言ってきた。飯屋は村に三軒しかないので売れる数が少ないのだ。もともと借りた借金は返済できたのだが、石鹸組の大儲けを見ると、心はおだやかではない。


「では、割り箸を作るときに出る木屑きくずを買い取るのではどうでしょう。一貫一文で買い取りますが」木屑はキノコ小屋で使える。この場合の貫は重さの単位であり、三.七キログラム程度だ。

「そんなものではとても追いつかない。石鹸のように儲かる仕事がいい。石鹸を作らせてくれ」

「いいのですが、石鹸はもう五組も作っていて、他にも石鹸をやりたいといっているものがたくさんいます。あまり多くの者が石鹸を作れば、競争になって安くなってしまいますが」

「では、なにかいい方法はないのか」主婦の組の代表が言う。


 無理なことをいうものだ。儲ける方法は自分で考えてくれと言いたいが、片田の時代の常識が通用するはずもない。


「少し時間をください。考えてみます」片田は冷や汗を流しながら答えた。




「割り箸の使い道とな」慈観寺じかんじ好胤こういんさんが言う。

「寺で割り箸は使わんな」

「そうですよね」片田が相槌あいづちを打つ。

「そうじゃ、神社ならば使うであろう。神饌しんせん(神様に供える食事)には割り箸が良いかもしれぬ」


 片田は、十市遠清とおきよの紹介で三輪山みわやまふもとの三輪明神みわみょうじん(現在の大神おおみわ神社)を訪ねた。


「割り箸、とはどういうものだ」三輪明神の宮司が言う。

「このようなものです」片田が白い和紙で作った箸袋に収めた割り箸を差し出す。

「ふむ、これであれば神前に出しても恥ずかしくない。森の清々しさを感じる」宮司が手に取った箸袋から割り箸を取り出しながら言った。


「神饌で神前にお供えするときだけではなく、その後の直会なおらいでお使いになってもよろしいと思います」

 直会とは神様に供えた米、酒、海山の幸などを儀式の後に参会者が食べることを言う。


 片田としては、なるべくたくさんの割り箸を売りたかった。


「よかろう、神饌の膳にこの割り箸なるものを用いることにしよう」




「あと、このようなものを考えてみたのですが、これはいかがでしょう」片田が同じような見た目の割り箸を差し出した。

 箸袋の表面に木版で大御心おおみこころと印刷されているのが、宮司の手にある箸と異なる。


「大御心とな、神籤みくじのことか」

「はい、箸袋を開けますと、裏の折り目のところに、このように吉凶の語とともに偈文げもんも刷られております。語は大吉、吉、中吉、小吉などとなっており、箸袋を開くまではなにが刷られているのかわかりませぬ」


 神籤みくじは平安時代の比叡山で始まったとされている。神仏習合の過程で神社も神籤を出すようになったのだろう。三輪明神でも神籤を出していた。


「当社で神籤として授けようというのか」


「それも行いたいと思いますが、それよりも箸袋に御社の名前をいただき、私共で広く販売

したいと思います。売上の一割を奉納させていただきます」

「成程、しかしそのようなものが売れるのか」

「やってみなければわかりませぬ、殿上人の宴などで用いられるかもしれません。そのように使いますので、凶などの語は入れません」


 宮司は片田とは初対面であったが、十市遠清の紹介があった。片田の眼鏡の話も聞いている。三輪明神でも眼鏡を使っている者がいた。興福寺の尋尊じんそんの信頼もあついという。

 信用して三輪明神の名前を使わせても、大丈夫であろう。そう判断した。


 箸神籤はしみくじは一膳一文(七十五円相当)で売り出したが、南都(奈良)や都(京都)の上流階級の宴会で評判になった。

 宴席で用いられるものでは、中吉、小吉などは良くない、ということで大量に箸神籤を買い付け、あらかじめ大吉、吉のみを選び宴席にだされるようになった。


 神籤付きの割り箸は、これらの地で『三輪箸』と呼ばれるようになる。

 三輪明神の知名度が上がり、長谷詣はせまいりの途中で三輪明神に参詣さんけいする者が増え、宮司は喜んだ。


「すべらない、素麺そうめんを食べるには三輪の箸」


など、よくわからない惹句キャッチコピーのようなものを書いたのぼりを境内のあちこちに立てて、巫女みこ達にあきれられている。


 割り箸作りの組の懐は潤い、片田は面目を保った。


 村人たちが様々な事業を思いついて片田のところにやってくる。とんでもない企画もたくさんあり、もちろん実現性の審査は必要だが、もう、すべての組に事業の提案をする必要はないだろう。


 片田が楽民銀行を始めたのは、貧困の救済が主目的ではなかった。産業の育成が主な目的である。従って興したい事業の提案は、これからも行っていくつもりだった。


例えば片田は、マッチと並んで缶詰を作りたい。

鉄を圧延するためには、まだいろいろな設備を作らなければならないので先の話になるけれども。

缶詰を作るにあたり、薄い鉄板を作り、スズメッキをするところまでは片田村でやるとしても、それに飯や魚を詰める缶詰工場までは手が回らないだろう。そのようなとき、民間で缶詰工場をやる組が育成できればいいと思っている。


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