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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 外伝
203/632

銀行 その2

「五十貫貸せ、というのですか」片田が『おたき』さんに言った。

「そうよ」


 一貫とは銭千枚である。この物語では銭一枚が七十五円としているから一貫が七万五千円程度だ。

室町時代である当時、職人の一日の労賃が百文(七千五百円)。米一石(約百八十リットル)が一貫前後で買えたというから、米一キログラムで四百円程度だ。


 五十貫ならば現代では三百七十五万円相当になる。


 当時の七十一番職人歌合しちじゅういちばんしょくにんうたあわせに見られるように、この時代には女性の社会進出が盛んになっていて、彼女らは活発に生産活動や商業活動を行っていた。しかしそれにしても五十貫を貸せ、というのは無謀に聞こえる。


ところが、『おたき』さんは、『しろむすび』の販売を片田から引き継いでいたので、かなりの収入と貯蓄がある。片田も『おたき』さんならば数年もすれば五十貫の借金を返済できるだろうと思っている。


「その五十貫で、なにをしようというのですか」片田が訪ねる。

「食事が出来る店を出すのら」

「店ですか、どこにです」

慈観寺じかんじの辻の、今『しろむすび』を売っている縁台の向かい側にするわ」

「縁台の向かいというと、番匠ばんしょう場のところですか」

「そう、あそこならば人通りも多いし、いいでしょう。道端で立って『しろむすび』を食べるのは、男は平気かもしれないけど、女はためらう。売りながらそういうのを見てきた。店に入るのであれば、食べやすいでしょう」と『おたき』さんが答える。


 番匠とは大工のことである。

 その昔、大和川上流の山から切り出した木を川沿いに運び、番匠場の所で材木にして大和川を船で下らせていた。だから正確に言うならば木挽こびき場というのが正しいが、外山とびの村人は番匠場と言い慣わしてきた。近年は海運が発達し、紀伊や土佐から安く大量の木材が入ってくるので、木挽き達はそちらに移っていき、番匠場は空き家になっていた。それを改装しようというのだった。


「あそこならば、成功しそうですね。いいでしょう、五十貫お貸しします」片田が言った。

「よし」『おたき』さんが答える。


 片田が室町時代に来たのはこの年、文安ぶんあん六年(一四四九年)四月の新緑の頃だった。こちらに来てから、五月には『ふう』達と水車を作り、三貫の銭を手に入れていた。

その銭で米や塩、味噌を仕入れて、『しろむすび』を売った。

『しろむすび』を売った金で眼鏡枠にする鉄と、ガラスを溶かす重曹じゅうそう(炭酸ナトリウム)を仕入れ、六月は眼鏡を作った。七月にシイタケの菌床に芽が出てきたので好胤さんの許可を取り、慈観寺の敷地にキノコ小屋を建てる。八月には尋尊じんそんさんの興福寺に眼鏡を売りに行き、あるだけの眼鏡を売り、その場だけで百五十貫を手に入れ、さらに他の僧たちから大量の眼鏡の注文を受けた。

村に帰ってから村人総出でレンズを作り、この年の瀬までに三千貫程も稼いでいた。


来年は、さらにシイタケと硫安りゅうあんを売ることができるから、もっと稼ぐことが出来るだろう。

五十貫を『おたき』さんに貸すことは、片田にとって冒険とはいえなかった




「ところで、『おたき』さん。ちょっと聞いてもらいたい話があるのですが」

「なに」

「これを見てください」そう言って片田が赤糸と金糸のあやを張った小箱を『おたき』さんに見せた。

「これは」

「眼鏡箱だそうです。『あや』が売れないか、といって持ってきました」そういって箱のふたを開けると、中は紫色の柔らかそうな絹が張ってあった。

「眼鏡箱、そうかぁ。眼鏡は割れやすいし、ホコリも付くだろうから、こういう箱があれば便利でしょうね」

「そうなんです。村祭りの賞金を父から分けてもらい、作ったそうです」


「それで、これがなにか」『おたき』さんが言う。

「はい、『おたき』さんは、私から銭を借りて商売をしようとしています」

「そうね」

「他にも、この眼鏡箱を作った『あや』のように、元手もとでがあれば、なにか作ったり、店を構えたりして仕事をしてみたいと思う人がいると思いますか」


「そうだねえ。そうしたい、と思う村人は多いと思うね。田畑を耕すだけだと不作の年とかがあるからね。みんな副業でわらを編んで草鞋わらじを作ったり、むしろを作ったりしているからね」

「そうですか」

「そうだよ。でも草鞋や筵は、座があるから市で直接売るわけにはいかない。座に安く買われていく。眼鏡箱みたいな、座が無い新しい物だったら、市で高く売れるかもしれないね」

「そうですよね」片田がうなずく。


「ただ、みんな何を作れば売れるのか、わからないんだよ。『あや』は、よく眼鏡箱なんか思いついたよ」

「眼鏡箱は、眼鏡という新しい物が出来たから、それに伴って新しい商品が出来たのだと思います」

「そうね」『おたき』さんが同意する。

「『おたき』さんが飯屋めしやを開けば、そのことで新しい商品が必要になってくるかもしれません」

「そんなもんかね。思いつかないけど。で、順は何をしようとしているの」


「新しい仕事を始めようと思った者に金を貸そうと思うのです。資金があれば、いままであきらめていた仕事が出来るようになるかもしれません」

「なるほどね。でも私の場合には『しろむすび』っていう、やれば儲かるとわかっているものがあったから思い切ったけれど。そういうものを思いつくかどうか」


「そうです。おそらく初めのうちは、『おたき』さんの飯屋を見て、同じように飯屋をやりたい、といってくるものが多く来るでしょう」

「それだと、わたしの飯屋がせすくなる(儲からなくなる)」

「はい、『とび』の村で飯屋がやっていけるのは、数店くらいなものでしょう、たぶん」


片田はいくつかの商品候補を持っていた。彼の時代で便利に使われていたものだ。『おたき』さんの飯屋が出来れば、割りばし、マッチ、爪楊枝つまようじ、塩などの調味料を入れる竹筒、皿や丼、お盆などが使われるようになるだろう。

『おたき』さんは板の間にじかに座ってぜんに乗せた食事を食べさせようとしていたが、卓子テーブルと椅子を使った食事もよいかもしれない。

ただ、金を貸すから事業を起こしてみろ、といっただけではダメだ。初めのうちは事業を思いつかないものには、事業の提案もあわせてやってみるのだ。そう『おたき』さんに言ってみた。いくつか成功例が出れば、自分たちで儲ける方法を考えるようになるだろう。


「割り箸って、便利そうね。洗わなくていいんでしょ。手間がはぶける」

「そうです。それに清潔です」

「やることまで教えてくれて金を貸すというのであれば、やる者が出てくるかもね」

「うまくいくと思いますか」片田が訪ねる。


「さて、どうかしら」そういって、『おたき』さんが考え込む。




 しばらく考えてから『おたき』さんが言った。

「まず、銭を貸すのは女の方がいいわね。男は銭が入ると飲んだくれちまうし、根気が続かない」

「そんなものですか」

「そうよ。少なくとも初めのうちは女から始めたほうがいいわ。うまくいくようになったら、男にもやりかたがわかるようになるでしょう」

「そういうものですか」

「そういうものよ。それと、一人で始めさせると心が折れてしまったり、病気をしたりしたときに中断してしまうから、何人かでくみを作らせて始めさせた方がいいでしょう」

「それは、そのとおりですね」


「あと、何のために銭を稼ぐのか、ということをはっきりとさせていた方がいいと思うの」

「どういうことですか」

「銭は稼ぎたいに決まっている、でも何故稼ぐのかをはっきりさせたほうが、力が出るものよ」

「目的を明確にしたほうがいいってことですね」

「目的ってなんのことか知らないけど、まあそんなものかしら」

「すべての女がそうだとはいわないけど、女はしっかりした巣、家のことね、をつくりたいと思う。ちゃんとした家と井戸、かわやがあって、『そーのー』(庭)で野菜をつくる。そういった物があって、はじめてきちんと子供が育てられるから」

「なるほど」

「いい家に住む、いい井戸や厠を持つ、自ら野菜を作る。そして子供を育て、教育を受けさせる。そのためにわたしたちは金を稼ぐ」

「はっきりそういってやれば、くじけそうなときに乗り越えられる。そして、どこかの組がうまくいかなくなりそうになったら、みんなで助ける。そういったことを『せんどゆーて聞かす』(なんども繰り返して教える)」

「暗黙の了解ではなく、はっきり言ってやったほうがいい、ということですね」片田がうなずいた。


 二人は、新しい銀行の方針案を箇条書きで作っていった。


「こんなものかしらね、ここまで書いておけばうまくいきそうね」『おたき』さんが箇条書きを見て言った。


「こういうのを私の国では銀行というのですが、この銀行の名前を何にしましょうか」片田が訪ねる。

たみらくになるのだから、楽民らくみん銀行という名前にしたら」


 銀行の名前が楽民銀行と決まった。


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― 新着の感想 ―
[一言] グラミン銀行っすな
[一言] マイクロファイナンスの始まりですね。 とは言え、マイクロファイナンスは2000年代以降なので、戦前の庶民金庫(後の国民金融公庫の前身)がモデルなのかもしれませんね。
[一言] 続きありがとうございます おたきさんのビジュアルが現場猫に収束してしまいましたw 「よし」
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