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「来年より、三割で、どうだ」十市播磨守が言った。
言ったが、二割でもいいと思っている。順に越智あたりに走られても困るからだ。十市城に隣接する遠清の館で二人は対面している。
「三割ですか、高いですね」片田が言う。二人とも黙った。
この半年で、片田は三千貫程稼いでいる。売上の主力は、眼鏡の納品を急がせる客だ。二百文の眼鏡を五十貫出すといってきた者もいた。
いつまでもこのようにはいかないだろうが、来年はシイタケもあるし、一万貫はいくのではないかと思っていた。三割だと三千貫だ。
一方の十市遠清は、片田がそんなに稼いでいるとは知らない。今年の片田の売り上げは、いくら多くとも千貫を越えないだろう、と思っている。
「条件付きで二割というのはどうでしょう」
遠清はほっとした。
「条件とはなんだ」
「播磨守様の領地に、とびのような村はいくつありますか」
「三十余り程じゃ」
「村毎に毎年一貫づつ配ってください。それが条件です」
「たかだか二百貫のうちの三十貫を村人に配れというのか」
「六百貫のうちの三十貫ですよ、もし今年配るとしたら」
「なに、今年の売上が三千貫だったというのか」
さすが、武将だ。暗算が速い。すばやく見当をつけられる、というのは武将に必要な才能だ。
「はい、来年はもっと増えるでしょう」
「仮に五千貫だとすると、千貫。そのうちの三十貫か、ならばたいしたことではないな」
「で、なぜそのようなことをする」
「村の代表を一所に集めて、このようにいうのです」
「うむ」
「いま、各村に一貫づつ渡す。これを村に持ち帰り、みなで相談して村全体の役に立つことに使え、といいます」
「村全体か」
「はい、用水路を整備する村もあれば、溜池や道路を整備する村もでてくるでしょう。井戸を掘るかもしれません」
「そうだろうな」
「そして、来年の秋、また皆を集めて、全員が居る前でそれぞれなにをやったか報告させるのです」
「それで」
「播磨守様や村の責任者たちが、これはいい方法だ、と認めた村を二、三村選びます」
「また懸賞金か」
「そうです、良い方法で使った村には、次の年は五貫出すといいます」
「それ以外の村は」
「翌年も一貫のままです」
「なるほど」
「それぞれの村で、困っていること、改良したいと思っていることは異なると思います。しかし、われわれには容易に知ることができません。彼ら自身も気づいていないかもしれません。気づいていても時間も金もない。」
「たしかにそうじゃ」
「ならば、とりあえず銭を渡して、それぞれ相談させるのがよいのではないでしょうか。大事な事は、村人たちに、共同で暮らしを良くする方法を考えさせることです。村が富めば十市も富みます。」
「百姓にうまく銭が使えるだろうか」
「やらせてみなければ、わかりません。一貫程度であれば、材木や道具を買うくらいなもので、後はかれらが土木作業などを行うことでしょう。うまくいかなかったら、また考えましょう。また今年からおやりになるのであれば、三十余貫は私が出します」
「いや、それはいい、私のところで今年から試してみよう」
片田は、売上の二割を納めるという条件で、十市遠清の庇護の下に入ることになった。
家臣にしてもよいのだが、と言われていたが、それではやりたいことが自由にできませぬ、と断っていた。
「おまえ、氏は持っているのか。
「はい、片田が氏です」
「そうか、では、以降片田順と名乗るがよい」
片田からすれば、変な感じであったが、ありがたくいただいておくことにした。
「これ、作ったんだけど、どうかな」『あや』という女の子が言った。佐々木道誉の衣装か、と思うほどバサラな綾織の小箱を出してきた。
「これはなんだ」
「眼鏡箱だ。眼鏡は、ほこりが付いたり、手荒に扱うと割れたりするから、しまっておくための箱を作った」
「なるほどなぁ」片田は手に取って蓋を開けてみる。中は濃紫色の絹を張ってあった。なかなかいい趣味だ。外側の派手な綾織も、小箱に使うのならかえってよいかもしれない。
「お父が、素輪具で一等をとったので、矢木の市に行って綾裂、絹裂、桐板などを買ってもらった」
変な漢字をあてたものだな。
「売るつもりなのか」
「うん」
「売れるかどうかわからんが、とりあえず預かろう」
『あや』が帰った後に、片田は眼鏡箱を見ながら考えた。
『あや』は手に入れた銭で、新商品を考え、それを作り、片田の所に売れないかと持ち掛けてきた。
村人たちは、いろいろと生活を改善出来るかもしれないことを考えながら暮らしているのではないか、と思う。しかし、資金も時間もないので、あきらめている。
農民向けの、事業審査つきの小規模な無担保低利子貸付を考えてみるか。




