表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順
196/625

安宅丸(あたかまる)

 将軍の前から退去した片田が、小山七郎さん、犬丸のいる陣屋に入る。

「小山さん、犬丸を数日貸してもらえませんか」片田が小山七郎さんに言った。犬丸は騎兵の百人隊長として、七郎さんの指揮下にいる。

「犬丸殿を貸せと。何にお使いじゃ」

「北陸道、ウツロギ峠への使者になってもらいます」片田が言った。

「なんで俺なんだ」犬丸が尋ねる。


安宅丸あたかまる達は、一年近く周囲を敵に囲まれて耐えてきた」片田が説明する。

「当然、警戒心が高くなっていて、なまじの者が行っても信用されないだろう。その点犬丸ならば、小山さんのそばにずっと居て兵の訓練にもたずさわってきた。向こうのみんなに顔が知れている。安宅丸も犬丸の言うことならば信用するだろう」

「そうじゃな」戦場をよく知っている小山七郎がうなずく。


 犬丸は将軍の通行証と駅馬の使用許可証、それに片田が安宅丸に宛てて書いた書状を携えて、北陸に向かった。




 北陸道の敦賀から、少し北にあがったところに越坂おっさかという小さな集落がある。中心にある少彦名すくなひこな神社を過ぎると、すぐに急な下り坂になる。その坂を下り切ったところが安宅丸の片田関だ。北陸道を囲む杉林をって三騎の騎馬武者が降りて来た。騎馬武者と言っても軽装である。先頭の白い旗を立てた武者は青の水干すいかんに茶色の袴、帯には鞘巻さやまきを差してしているばかりだった。


「あれ、先頭の男、犬丸殿でねぇか」片田関を守る兵が言った。

「お、おぅ、そうじゃのお、なんでこんな所に犬丸様がおるんじゃ」

 皆、髪もひげも伸び放題のむさくるしい姿だった。


 三騎が関所に入る。

「安宅丸は居るか」犬丸が尋ねる。

「安宅丸様は、峠の重迫じゅうはく陣地に居る」

「案内してくれないか」

「わかった、護衛をつけて案内する」

 関所の兵は、護衛をつける、といっていたが、犬丸達を警戒しているのが感じられる。

“『じょん』が言っていたのは、こういうことか”犬丸は思った。


 峠で馬を降り、西側の斜面を登る。斜面の木々は焼き払われていた。

 尾根筋にたどり着く、そこから少し行ったところに迫撃砲の陣地があった。尾根向こうの斜面には、無数の爆発の跡があり、火薬の臭いと、木が焦げた臭いがする。犬丸が護衛に案内されて陣中にはいる。


「犬丸なのか、どうして犬丸がこんなところに来た」髪を振り乱し、無精髭を延ばした安宅丸が振り返って言った。明らかに犬丸のことを疑っていた。

“まるで山賊の親玉おやだまだな、よほどつらい思いをしたんだろう”犬丸が思った。

 陣地を守る安宅丸の部下達も、土蜘蛛つちぐもの群れのようだった。


いくさは終わった。御所と内裏は『じょん』が押さえた。目的を失った西軍は国に帰りつつある。まだ山城と丹波に西軍が残っているが、それを追い出すためにウツロギ峠の閉塞へいそくを解くそうだ。『じょん』が言っていた。これが『じょん』から預かった書状だ」

 犬丸がそう言って安宅丸に片田の書を渡した。


 安宅丸が書を開く。何かが落ちた。安宅丸はそれに構わず、見慣れた片田の文字を読む。犬丸が言っていたとおりの事が書いてあった。書状に、どこかおかしなところが無いか、探るように、前に戻り、後を探り、何度も読み返した。

 読み終えた安宅丸が、書状から落ちた物を探して拾う。地面に丸い丸薬のようなものが三粒落ちていた。

 安宅丸がそれを顔に近づけた。山椒さんしょうの実だった。

 山椒の事を知っているならば、『じょん』に間違いないだろう。


 山椒の香りが、忘れていた色々なことを思い出させた。

「もう、戦わなくともいいのか……戦わなくとも、いいのだな」安宅丸の目尻から涙が落ちた。


「ああ、いくさは終わったんだ。村に帰ろう」犬丸が言った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ここで山椒の実が利いてくるとは! [一言] 暫くぶりに伏線らしい伏線を読みました
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ