船岡山(ふなおかやま)
翌朝になっても、午の刻が近づいても、東西両軍からは何も言ってこなかった。
「『かぞえ』、始めようか」片田が、噴進砲の平行度を確認していた『かぞえ』に向かって言った。
この戦に『かぞえ』が持ってきた噴進砲は、さらに改良が加えられていた。
噴進弾が大型になったため、弾架は三行六列、十八弾を格納できた。
噴進弾は、枡形の中に単純に置かれているのではなく、上部四つ、下部四つ、計八つの金属製の『コロ』に支えられていた。この『コロ』は発条で支えられており、発条は螺子によって、強度が調整できた。
この仕組みにより、十八発の噴進弾は、互いに平行を保って支えることが出来るようになり、集弾率が向上した。
片田の言葉に『かぞえ』が頷き、立ち上がって幅一間程の測距儀の所に行き、距離と方向を確認する。
以前であれば、二条大路に立って船岡山を見ることはできなかったが、今では一面焼け野原だったので、路上からでもよく見える。
測距儀も、今回初めて持ち込んだものだ。石英丸と鍛冶丸が苦労して作った。
『かぞえ』が覗き込むと、上下が逆さまになった船岡山が見える。視野の中央に水平の黒い線があり、その上下で山の映像が横にズレている。
下の像で、船岡山が視野の中央になるように、水平儀のツマミを回す。次に上の像が、下の像と一致するように、測距儀のツマミを回す。
一致したところで、水平儀の方位計と、測距儀の測距計の数字を読む。
「方位角三四九度、距離千六百間、昨日測ったのと同じね」『かぞえ』が噴進砲隊の隊長に言った。
千六百間は、約二.九キロメートルである。彼女の砲弾の最大射程は四キロメートル程なので、十分に狙える範囲だった。
『かぞえ』が計算盤で、高度差、風向きなどの発射諸元を計算して隊長に伝える。
「一号車から、順に試射してみましょう」
横に並んだ十台の噴進砲車の左端が、一発の噴進弾を発射した。噴進弾は山なりの白い尾を引いて、西軍の頭上を越えて船岡山に向かう。
船岡山山頂付近に命中して爆発した。
片田が望遠鏡で見ると、着弾地付近の竹矢来が吹き飛んでいるのが見えた。
一号車から五号車まで順に試射した。いずれも初弾で船岡山に命中する。ここまでが榴弾を装備した車両だった。
角度は、他の物理量に比べ、歴史的に早い段階から高精度で測定できた物理量であった。
『かぞえ』の開発した噴進弾の支持架の誤差は角度にして、〇.二度の精度を持っていた。この精度であれば、二.九キロメートルの距離で十メートル以内の誤差に過ぎない。砲弾の工作精度や、風の影響を入れても、狙った所から三十~五十メートル以内に弾着するであろう。要塞を攻撃するには十分な精度だ。
六号車が試射する。船岡山の少し手前に落下した。ここからは焼夷弾で、弾頭重量も重心位置も、榴弾とは少し異なる。
六号車は、仰角を調整しながら、さらに二回試射して船岡山に命中させることが出来た。
修正値が七号車以降に伝えられた。
七号車から十号車までは初弾で船岡山に命中した。砦の一部が燃え始めたのか、黒い煙があがる。
東軍、西軍、総ての兵の目が船岡山に向いていた。
はるか南の片田軍陣地から白い尾を引いた何かが飛びあがり、北の船岡山に命中する。
あるものは爆発し、あるものは周囲を炎上させた。
「なにがおきておるんじゃろ」
「さあ、なんだか知らんが、船岡山の兵は大変じゃろな」
「あれ、あそこまで届くのなら、ここにも飛んで来れるんだろうな」
『かぞえ』が片田の方を向いて、問いかけるような表情をした。片田が、頷く
「命令が出ました。順次発射してください」『かぞえ』が噴進砲隊長に言う。
「順次発射開始」隊長が叫ぶ。
順次発射とは、砲弾架の上段左から二番目、四番目、六番目、中段に移って一番目、三番目、五番目というふうに、一呼吸の間隔で順次に発射していくことを言う。
十台の噴進砲車が一斉に順次発射を行った。
「お、おう、あれはなんだ」
東西両軍の陣地から叫び声が轟いた。彼らの頭上に幾つもの白い筋が流れ、やがて白い帯のようになる。まるで、青空の中に白い橋が架かったようであった。
船岡山で、立て続けに爆発が起き、炎が吹きあがる。黒い煙が立つ。山砦が燃え始めたようだ。
空にかかった白い橋が、風下に流れていく。遠目にも船岡山全体に炎が上がるのが見えるようになってきた。
船岡山城が、瞬く間に粉砕された。
片田が再度、使者を立てた。今度は両軍共に停戦交渉に応じる旨、回答してきた。




