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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順
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プレス加工

 稲穂いなほこうべを垂れている。

 とびの村は黄金の海に浮かんでいるようだ。稲刈りが始まる前にシイタケの収穫をすることにした。


 晴れた日をねらって、『おたき』さんが近所の女性を十名程招集した。女性たちはこもというワラを編んだムシロを持って慈観寺に集まった。


「このあたりに広げておくれ」『おたき』さんが仕切る。

 子供たちが、菌床からシイタケをむしり、籠にいれて庭に持ち出してくる。シイタケ小屋の中には、限られた子供以外は入れない。おたきさんと二人の女性が、出してきたシイタケを仕分けする。


「形のいいものと、そうじゃないものを分けるんだよ」

 おたきさんが言うには、形のいいものは、そのまま干す。これは高く売れるよ。形の悪いもの、大きすぎるもの、などは包丁できざんでから干す。小さすぎるものも、こっち側だ。そうすれば、はやく乾燥するし、料理をつくるときに便利だよ。さすが主婦だ。


 シイタケが次々と菰の上に並べられていく。数日乾燥すれば干しシイタケになる。

 庭の隅で、犬丸が生シイタケをかじっている。”犬丸よ、生で食べてもおいしくないと思うぞ”片田は思った。

 ここは、『おたき』さんにまかせてよさそうだ。片田は慈観寺を出る。


 橋を渡って、『とび』の側にいく。川辺で『ふう』とその父親が、揚水機一号と二号を解体していた。村の寄り合いで、冬の間の水は大きな三号だけでまかなえそうだから、二つは解体し、来年の春まで保管しておこうと決まった。

『ふう』が片田に気づいて、手を振る。


 片田は、先日の好胤こういんさんの話を思い出す。

「『ふう』と茸丸の家の田は、『とび』の村でも最も高いところにある。日照りの年には、高いところにある田から順に水を絶っていくのじゃ。村で相談して、その年の収穫をあきらめさせる」

「村全体の収穫量をなるべく確保しようとする、というわけじゃ」

「年貢は村請むらうけ、といって村全体で決められた量を納めればよいのじゃから、『ふう』と茸丸の家が借金しなければならない、ということはないが、百姓としてはやりきれない」

「余剰米を市で売ることもあきらめなければならないのじゃ」

 最初の手伝いに『ふう』が来たのは、そういうわけだったのか、と片田は思った。子供なりに必死だったのだろう。


 土手を下り、ガラス工房に下りる。石英丸せきえいまるがいた。

「じょん、胃薬を混ぜた砂は、千度で融けるんだよな」

「そうだ」

「で、胃薬を混ぜない砂は、千五百度にならないと融けないんだよな」

「そうだが、それがどうかしたか」

「あと、鉄は炭を混ぜたら千二百度くらいで融けるんだよな」

「融けるというか、柔らかくなる。どうした。なにか思いついたのか」

 石英丸は、なにか考え込んでいるようだった。

「うーん、だめだ」


「話してみろ、二人で考えれば、いい考えがでてくるかもしれない」

「注文が多すぎて、レンズを作るのがまにあっていないだろ」

「そうだな」

 最近、奈良では眼鏡が高値で取引されている。眼鏡が、というよりレンズが取引されている。初期に眼鏡を買った者から高値で買おうとする者がいるのだ。

 片田のところにも、いくつの度数の物をとりいそぎ作ってほしい。金は言い値でいい、という書状が来る。そういうものには吹っ掛けて売るようにしていた。


「いままでのように作っていたら、いくら作ってもまにあわない」

「それで、どうやろうとしている」

「まず、胃薬を混ぜない砂で、レンズを作る。これを親玉おやだまとする。コークスがあるから高温がだせるだろう」

「ふむ」

「つぎに炭を混ぜて作った鉄板を二枚作る。この二枚の鉄板の間に親玉を挟んで、千四百度くらいまで熱して、鉄板を押さえつければ、鉄板が親玉の形にへこむ」

「へこんだ鉄板に、胃薬を入れて作った丸いガラス板をはめ込んで押さえつければ、レンズが簡単に出来るだろう」


 レンズをプレス成型しようと考えているんだな。片田は思った。

「出来そうだな。でどこで困っている」

「まず、鉄板を温めるときに、千五百度を超えると、中の親玉が融けてしまう。千五百度を超えないように温めるのがむずかしい。あと、二枚の鉄板を温めて、へこませるときに、くっついてしまうんじゃないかと思う」

「なるほど」片田は考え込んだ。


「まず、砂に入れる胃薬を、ほんのすこしにしてみたらどうだろう」

 アンモニア製造場から、軟鉄でできた鉄板を一枚持ってきた。

 通常片田達は、砂七割、炭酸カルシウム一割、炭酸ナトリウム二割の配合でガラスを作っていた。その割合を、砂をほとんどにして、炭酸カルシウムと炭酸ナトリウムをごくわずか混ぜてためしてみることにした。


 鉄板の上に炭と細かい砂鉄を混ぜたもの、砂にわずかの胃薬と卵の殻の粉末を混ぜたてよくかき回したもの、砂だけのもの、の三つの山を作った。

 アンモニア製造場のコークス炉にそれを入れてみる。

 まず、鉄が柔らかくなってきた。火掻棒ひかきぼうでたたいてやるとへこむ。

 しばらくして、真ん中の山が融けてきた。砂にわずかに薬をいれたものだ。右の砂だけのものを叩いてみる。まだ融けてはいない。

 炭を混ぜた鉄が融ける温度と、石英砂だけが融ける温度の間を示す温度計ができた。


「いけそうだな」片田が言った。

「うん」石英丸が食いつくような顔をして言った。


「次は二枚の鉄板がくっつく件だな。私はくっつかないと思うのだが、どうしても心配だったら、間に別のものをはさんでみたらどうだろう」

「なにを」

「そうだなあ、たとえば、すりつぶした煉瓦の細かい粉を鉄板の間に薄く撒いておくのはどうだろう」


 二人は、ガラス炉の方に戻り、試してみることにした。みまわすと研磨の時に出た煉瓦とガラスが混ざった粉がたくさんある。

 まず、薬なしのガラス玉をコークス炉で一つ作る。つぎに鉄板を二つ持ってきて、下側の鉄板には、薄く煉瓦の粉を塗り、境目をつくる。鉄板の上にはわずかに薬を入れた砂と、薬なしの砂が温度計として載っている。片方の砂が融け始めたところで、鉄板を取り出し、鉄板の上側を持ち上げ、親玉を中に挿し入れ、上から石で、鉄板を押し付ける。これを数回くりかえした。


 鉄板、はがれるかな。火掻棒で鉄板をつつく。開いた。親玉を取り出す。鉄板にきれいなくぼみができていた。

 石英丸は、鉄板を持ってガラス炉の方に行く。

 型抜きした後のガラス片をいくつか鉄皿にいれて融かし、型抜きをして、ガラス玉を鉄板の間に挟んだ。今度は隙間に煉瓦の粉は必要ない。ガラス炉の中に入れて融かす。

 薬を入れたガラスと鉄の間を示す温度計は銅片だ。銅片が融け始めたので、鉄板を外に出す。

 二人で鉄板を開いてみると、そのまま使えそうな、きれいなガラス玉が出来ていた。

「余ったガラスを外に出す穴が必要だな」石英丸が言った。


 『おたき』さんをはじめ、今日手伝いに来てくれた家の夕食にはシイタケが出ることになるだろう。


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