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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順
179/621

大内政弘(おおうち まさひろ)

 入京した大内政弘まさひろが、護衛と共に山名宗全の邸に入る。

 花の京都みやこは変わり果てていた。一条より北は一面の焼け野原となり、所々(ところどころ)に要塞化した邸が建っているばかりである。

 大路小路には堀と盛土が出来ていた。この空堀を『御構おんかまえ』と呼んでいるそうだ。宗全邸の周囲にも御構が出来ている。

 屋敷の西側に、いつでも取り除くことのできる木製の仮橋が掛けられている。政弘は橋の前で馬を降り、徒歩で橋を渡った。


「よくぞ、参られた」山名宗全が政弘を歓迎する。宗全六十四歳、政弘は一昨年に父、大内教弘のりひろが死去して家督を継いだばかりの二十三歳であった。

「遅くなりましたが、間に合って幸いです」

 若くはあったが、政弘は堂々としていた。西の大国のゆうである。


 山名宗全を中心に山名教豊のりとよ政豊まさとよ、畠山義就よしひろ、一色義直よしなお土岐とき成頼しげよりなどと軍議が始まる。政弘も参加した。


 山名宗全の邸は戦場の西の端にある。東軍の拠点、室町幕府の室町第、細川勝元邸などは東方にあたる。

 両者の前線は、南北に走る堀川、小川こかわなどの通りである。このあたりには無数の御構が掘られており、多数の兵がいる。この正面を突破しようとすれば多くの犠牲が出るのは明らかであった。

佐兵衛佐さひょうえのすけの邸を囲んでいた細川軍が、囲みを解いて北の一条あたりに移動したようじゃ」山名宗全が言う。佐兵衛佐とは斯波しば義廉よしかどのことである。この年の五月に佐兵衛佐に任じられている。

「であれば、佐兵衛佐殿の邸を足掛かりとして、南側から攻めるのが良いだろう」畠山義就が言う。

「南からというと、最初に攻める所は三宝院さんぽういんだろうな」土岐成頼が言った。


 三宝院とは醍醐寺だいごじ三宝院のことであるが、醍醐寺三宝院は山科やましなにある。ここで三宝院と言っているのは、三宝院門跡もんぜきである義賢ぎけんの住居、法身院ほっしんいんの事である。

 法身院の場所は特定できなかったが、『花の御所』の近くにあるとのことなので、現在の京都御苑の内部か、ないしはその近くであろうと思われる。当時の内裏の近くであったので、まだ焼失してはいないはずである。


 河内かわちの畠山義就、能登の義統よしむね周防すおうの大内政弘、美濃みのの土岐成頼、近江おうみ六角ろっかく高頼たかより丹後たんご伊勢いせ一色いっしき義直よしなおなどが、安芸あきの武田信賢のぶかたの弟、武田元綱もとつなの守る法身院を攻撃することとなった。


 ただし、大内政弘が法身院に出す兵はほんの一部であり、残りの大多数は北上し、北野の船岡山ふなおかやまに陣取ることとした。

 船岡山には伯耆ほうきの山名教之のりゆき、一色義直らが山城を建築している。

 この大内軍は北側から、室町第に覆いかぶさるように移動し、最終段階で室町第の包囲を完成させる役割を持つこととした。


 軍議が終わり、酒盛りとなる。


「ひとつ、どうであるか」畠山義就が、瓶子へいしを片手に持って、大内政弘の席にやって来た。義就もまだ三十歳であり、若い政弘とは、話が合うと思ったのかもしれない。

右衛門佐うえもんのすけ様、お会いできたら、ぜひ話したいことがありました」

「なんじゃ」

「『田舎市』です」

「『田舎市』とは、またさむらいらしからぬ話題じゃの」

「そのようなことは、ありませぬ。民が栄えなければ国は強くなりません」

「それは、そうじゃ。で」

「私の父が、数年前に右衛門佐様を真似て周防で『田舎市』を始めたのです」

「ほう、で、どうだった」

「これが、見事に流行はやりました」

「そうか、それは良かった。百姓でも自分の作った物が銭になれば、それはうれしいであろうからな」

「一度そのようになると、民の考える力はすごいものです」

「そうじゃ。守護一人が考えてもたかがしれておる。しかし、座が文句をいってこないか」

「周防のような地方では、河内と違い、座など大した力をもちません。座は魚座が一つあったのですが、当家が持っていた座でしたので、解散させました」

「なるほど」

「座などで小銭を巻き上げるより、自由にやらせたほうが余程栄えます」

「しかし、座の買い付け商人は来るであろう」

「はい、しかしこれも最近では力を失いつつあります」

「なぜじゃ」

「周防の民が魚や荏胡麻えごま、米、絹などを直接堺に送り付けるようになったのです」

「百姓が米を堺に直接送るのか。あぶないことをするもんじゃな」

「それが、危なくないのです」

「どういうことだ」

「周防の土倉で、知恵のあるものが『海上保険』というものを考え出しました。以前は『冒険貸借ぼうけんたいしゃく』と呼んでいました」

「『海上保険』であるか、どういうものだ」

「土倉は、銭が余っています。この銭を増やしたい」

「そうだろうな」

「農家は米を高く売りたい。今周防の地元で米座に米を五十俵売った時に十貫だとしましょう。しかし堺に持ち込めば二十貫で売れます」

「それぐらいの差はある。座はそうしてきた。しかし輸送費用や、途中の海賊など、不安であろう」

「話を簡単にするために、輸送費用は一貫とします」

「うむ」

「百姓は、まず片田商店の船から堺での相場を尋ねて二十貫で売れることを確認します」

相場板そうばいたは便利なもの、と聞いておる」

「次に百姓は土倉に行き、保険料を尋ねるのです。土倉は保険料を三貫と決め、百姓はこれを事前に土倉に払います。払えない場合には後払いとすることとし、この場合を『冒険貸借』というそうです。この場合は土倉が別途手数料を要求します」

「それで」

「百姓が片田商店の商船に、運送料一貫を支払い、米を預けて堺で販売します。堺の米商店は購入価格二十貫を記入した取引証明を発行して米を受け取ります。購入代金は片田商店が堺で受け取り、片田商店が手形という紙を発行します。」

「うん」

「商船が周防に戻り、百姓に二十貫の取引証明と片田商店の手形を渡します」

「百姓が保険料を相談した土倉に手形と取引証明を持ち込みます。土倉はそれらと交換で、百姓に二十貫支払います。片田商店と取引のある土倉であれば、土倉は手形をもとに、片田に二十貫請求できます。前払いの運賃一貫と保険料三貫を引いて、十六貫が百姓の所に残ります。米座に十貫で売るより六貫も儲かります。土倉もなにもしないでも三貫儲けます」

「しかし、事故にあった場合にはどうなる」

「それが『保険料』というものの意味です。事故が起きたときには土倉が百姓に十貫と輸送費を支払う約束をするのです」

「百姓にしてみれば、うまくいけば十六貫、失敗しても座に売るのと同じ十貫が手に入ります」

「土倉はうまくいけば三貫儲け、失敗すれば十一貫損をするのか。しかし四隻の内一隻が事故にあっても、一貫儲かるな。事故が少なければ、少ないほど儲かる。うまく考えたものだ。しかし今のように戦になったらどうするのじゃ」

「保険料を上げればよいのです」


「なるほど」義就が唸った。酒に酔っているので頭が、ぐるぐるしてくる。

 博多の土倉と片田商店が行っていることは、すでに『冒険貸借』から、『海上保険』と原始的な『為替かわせ手形』へと進歩しているようである。


「うまいことのようじゃが、しかし、なにやら先行きが心配にもなる」

「なぜでしょう」

「わしは商人ではないので、うまく説明できないが、その仕組みだと」

「仕組みだと」

「銭を持っている者の所に、どんどん銭が集まるようだ。しかもその速さが、米を作ったりするよりもはるかに速いような気がする。百姓が米五十俵作るのには一年かかる、土倉は保険を売るだけで、それよりはるかに儲けるであろう。先行きどうなるんじゃろうか」

「そうでしょうか。私は座が巻き上げていた銭を土倉と百姓で分け合っただけ、と思ったのですが」大内政弘が言った。

「そうだと、いいのじゃが」

 政弘は自分の若い頃のようじゃ、と義就は思った。

 それにしても、平和であれば、皆が儲かる。戦になれば皆が損をする、という仕組みは良い仕組みだ。戦が少なくなるかもしれない、義就はそのようなことも思った。


 京を焼いてしまった。義就は、そのことの後悔にこたえていかなければならなかったのだ。


相場板は、 2022/03/07

冒険貸借は 2022/04/14


の投稿にあります。よろしければ、そちらもお読みくだされば幸いです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 信用が信用を呼んで経済を膨張させ、銀行機能も考えているようで、楽しみです。 米本位制度や農本主義に逆行しないよう、どこまでできるか、楽しみにしています。
[一言] 投資バブルを直感で予見する義就さん鋭いですね
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