表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順
161/635

古代の律令を読む

 慈観寺じかんじの講堂で、好胤こういんさんと『いと』が、養老律令と格闘していた。

 二人は、片田に頼まれて、養老律令を参考にして、新しい国の刑法のたたき台を作っていた。


 この養老律令は、関白かんぱく一条兼良かねよしが、片田の求めに応じて貸し出したものだ。

 兼良は、弘仁こうにん貞観じょうがん延喜えんぎの三代格式も併せて、貸し出してくれた。


 格式は後回しにしよう、二人は決めた。

 今、急いで必要なのは、犯罪を罰するための根拠だった。

 律令は漢文体で書かれている。好胤さんがそれを、『いと』にも解るように読み下して、内容を説明する。


「この冒頭の『五刑』というのは、罰の程度のことじゃ、もっとも軽いむち打ち十回から、つえたたく罰、懲役ちょうえき、流刑、もっとも重いのが死罪じゃ」

「『贖銅一斤』ってかいてあるのは、なんなのですか」斤とは重さの単位である。

「ああ、それは、例えば『笞十贖銅一斤』とあれば、銅一斤を支払えば、笞打ち十回の罰を免除する、という意味じゃ」

「え、では、『絞斬二死贖銅各二百斤』とありますが、銅を二百斤払えば、死罪を許されるということですか」

「そういうこと、じゃろうな」

「それでいいんでしょうか」

「まあ、日本の律は、からの律より、緩やかじゃといわれておるからな」好胤さんが言った。


「この刑罰の種類の部分は、変更する必要あるまい」

「死罪のところだけでも、銅による免除をやめませんか。お金持ちなら人殺しをしても、金を払えば許されるというのは、いかがでしょう」

「ならば、そうするか」


「次の『八虐』じゃが、これは、国の秩序を乱す、重大な罪を列挙している。国に対する反逆とか、先祖近親者に対する罪を言う。じゃが、この部分は、今は外しておこう。片田殿の考える国造りがよくわからんからな」

「そうですね」


「次の『六議』であるが、これは罪を許す場合のことを書いてある。帝とその近親者、三位以上の貴族には、律による罰は適用されない。あとは賢者、能力のある者、武功のある者なども許されるという」

「それも、とりあえず、入れないほうがよさそうですね」

「うむ、例外を作ると、揉めるじゃろ」


 賊盗律の十五、造畜条が『いと』の目に留まる。

「この、『およそ造畜蟲毒 及教令者絞』って、なんですか。絞って死刑ですよね」

「ああ、それは『こどく』という呪術の一種じゃ。壺のなかにたくさんの種類の虫、ヘビ、カエルなどを入れて共食いさせる。勝ち残った虫が神通力を持つので、これを呪おうとする者の食事に混ぜて殺す、というものじゃ」

「そんなことがあるんでしょうか」

まじない、じゃよ。そんなことがあるものか」


「では、これもいらないですね」

「そうじゃ」


 律は、条文が少ないので、それほど時間は掛からなかった。


「令は、まつりごとを行う方法を書いてあるものじゃから、参考程度に読むのがよかろう。いま必要なのは捕亡ほぼう令と、ごく令くらいなもんじゃ」


 好胤が言う通り、例えば捕亡令には、盗賊・殺人などがあったときに、どのように兵を動かすか、どの地域が担当するか、などが細かく書いてあった。


「これ、おもしろいですね、『いと』が指さした。捕亡令六条、有死人条だった。


【死人が見つかり、身元不明の場合には、最寄りの官に通報すること。死体は仮埋葬して、年齢・性別・人相・所持品等を書いた木札を立てて、家族を探させること】


「昔は、こんなことまでやってくれていたんですか。今とずいぶん違いますね。今は行き倒れたらそれっきりでしょう」


「昔、朝廷がしっかりしておったときには、それなりに法により国が支えられておったのじゃろ」


『いと』は養老律令に興味が出てきた。

「これ、家に持って帰っていいですか」『いと』が帰り際に養老律令を持って言った。

「ああ、かまわんが。読めるのか」

「今日一日読み下していただいたので、だいたいの意味を知るくらいはできるようになりました」


 夜、『いと』が火皿の明かりで律令を読んでいた。

戸令こりょうの三十二条、かん寡条には、このようなことが書いてあった。


【凡『かん』寡 孤独 貧窮 老疾 不能自存者 令近親収養 若無近親 ~ 】


『かん』は六十一歳以上で妻のいない男、寡は五十歳以上で夫のいない女、孤とは十六歳以下で父の無い者、独は六十一歳以上で子のない者とされている。

 また貧窮している者、老人(六十一歳以上)、疾は傷病・障害があるものである。

 これらの者が自活出来ないときには、まず近親者で収養しなければならない。もし近親者がいない場合、その者が居住する里にて面倒を見ること。

 里とは五十戸を集めて一里とし、里長を置いた。

 そのほか、もし路上に病人がいて、不自由している場合、その地の郡司が収容し、里に預けて安堵すること。医療を与え、事情を問い、本籍を明らかにすべし。

 病がえたならば、本来の居住地に戻すこと。


“このようなことまで、国が配慮してくれていたの”

『いと』が感心した。

 国が直接なにかをしてくれる、というのではない。里を作って助け合え、ということだ。

 もちろん、国がこうあるべき、といっても実現出来ないことは多い。でも、あるべき姿がある、というだけでも素晴らしいことだ。


「『じょん』の建てる国って、こんなふうになるのかしら」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] もしかして、律令制の大和朝廷は、ゆりかごから墓場までの福祉国家?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ