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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順
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ニッケル

誤字修正 教えてくださった方、ありがとうございます。

 鉛屋が袋の中から石を取り出した。

筑前ちくぜん蘆屋津あしやづの鋳物師がこれを送ってきた。おまえの欲しがっていたものか」

 片田は手に取ってみる。大きさの割には軽い。片田は鉛屋から金槌かなづちを借りて石を叩いてみる。キンという音がする。

「焼き鳥屋のところで、火を借りるか」片田が言った。

 二人で、焼き鳥屋に行った。

「ちょっと火を貸してくれないか」

 焼き鳥屋の女性は、灰均はいならしという平たいさじのような鉄板に火箸ひばしでいくつか燃える炭を載せて、地面に置いた。

 片田が金槌で石をたたき、小さな欠片を取り、炭の上に乗せた。二人が焼き鳥を頬張りながら、眺めていると、石の欠片に火がついて燃えた。

「うん、これだ。石炭だ」

「よう、よかったな」

「蘆屋津の鋳物師に言ってくれ。一俵五十文出すから、とりあえず百俵程送れ、と」

「わかったよ。鉛石を運ぶ商人にこれも頼んでおく。それにしても、おまえの言っていたとおりの所に、言ったとおりの物があったと、奴ら驚いていたぜ」


 石炭が手に入る目途がついたので、鍛冶屋に行く。

「南都の鋳物師に始めるぞ、と伝えてくれ」

「おう、わかった。『とび』の慈観寺じかんじを訪ねるように言えばいいんだな」

「そうだ」




 水車小屋の川上側は、ガラス炉と、レンズ製作の作業場になっている。川下側はまだ広く空いている。そこにアンモニア製作場を作ることにした。

 鋳物師たちが、荷車に道具や、彼らの仮設住居を乗せてやってくる。作業場の一角に彼らが住む住居を建て、次に鉄を溶かす炉を作った。


  まず、水蒸気釜、とメタン反応炉の製作を頼む。両方とも大気圧程度のものなので、いってみればドラム缶のようなものだ。二酸化炭素回収室は、水を使うので片田がガラスを加工して作ることにした。

 両方とも、鋳物師にしてみれば、腕試しのようなものなので、簡単に作ってくれた。



 次に、アンモニア反応炉にとりかかる。これは直径一メートルの球に足を三本付けたような形をしている。厚さは三センチメートルほどである。中空の球を直接作ることはできないので、上半分と、下半分に分けて作ることにした。


 まず、上半分を作る。鋳物師の親方が言うには、まず、内側に粘土で半球をつくる。その次に、鉄を流し込む部分の隙間を空けて、外側に粘土を積んでいく。粘土はところどころ円状に曲げた竹で支えをして、崩れないようにする。そうやって外側も汲み上げたら、真ん中の穴から、隙間に鉄を流し込む。下側も同様にする、とのことであった。


 彼らがその作業を行っている間に、片田は石炭からコークスを作る。炭素を含まない軟鉄を作るには、高温が必要だった。

 軟鉄はボルト、ナットや、バルブ、鉄管などを作るのに必要だった。矢木の市の鍛冶が作ったタップやダイスは、軟鉄でなければネジが切れない。


 コークスを燃やし、いくつもの部品を作ったのち、それらを組み上げて、メタン製造装置が出来た。メタン反応炉の中に、片田が山から拾ってきた蛇紋岩じゃもんがん的なものを粉末にして、蓋をする。

 フイゴで、水蒸気と空気を炉に送り込む。二酸化炭素吸収装置から泡がでてくる。うまくいっているようだ。メタン反応炉から、気体が出てくる音がする。メタンが出来たか。


 メタン反応炉の出口にカギ型の金属パイプを取り付けて、水を張った桶の中に入れる。泡が出てくる。燃焼試験機と呼んでいるガラス製の目盛りつきコップを桶のなかにいれる。横にして、四分の一程空気をいれた状態でさかさまにし、底を水面上に出す。そこにメタン反応炉から出てくる気体をもう四分の一程入れる。燃焼試験機の底には電極がついている。電極を電池につなげ、気体を燃焼させる。

 電池については、別途いきさつを書くつもりだ。


 気体が残る。その気体の高さの部分を記録しておく。

 同様のことを、メタン反応炉の入り口側の気体でもやってみる。同じ高さだ。

 どういうことかというと、メタン反応炉に入っていく気体と出てきている気体は同一のものだということだ。

 メタンであるならば、燃焼の結果メタンと同一容積の二酸化炭素が発生する。体積が減るのは燃焼に使われた酸素の分だけである。

もし水素と一酸化炭素であるならば、燃焼した水素はすべて水になる。残るのは一酸化炭素だけだ。両者に違いがあるはずだった。

やっぱり、蛇紋岩風の石などではだめだった。触媒のニッケルが必要だ。

片田はがっかりして、装置の火を落とし、その日は帰ることにした。


 その夜、片田は元気がなかった。

「今日はずいぶんとおちこんだ様子じゃのう」好胤さんが言った。

「うまくいかないのです。いい気になりすぎていました」ぼそっといって、きゅうりの糠漬けをかじる。

「そういうこともあるじゃろ、それに、ほれ、いままでがあまりにもうまくゆきすぎているのじゃ。休むことも必要じゃ。そうじゃ、般若湯はんにゃとうでも飲むか」

 般若湯とは、お酒のことだ。片田は断って寝ることにした。


 翌朝、手帳と鉛筆を出そうとして、背嚢に手をつっこむ。なにかが手に触れた。取り出してみると財布と小銭入れだった。

 財布には土倉の預かり証などがはいっている。小銭入れには、片田の時代の硬貨などがまだ入ったままだ。この時代では使い道がないとわかっていても、お金を捨てることはためらわれたので、戦場はおろか、こんなところまで持ってきてしまっている。出してみる。

 臨時硬貨が多かったが、赤い一銭、五厘、白い十銭や五銭の硬貨もいくつかでてくる。なつかしかった。戦争が始まる前の時代に戻れたら、と片田は思った。


 あれ!


 なんと、十銭と五銭はニッケルじゃないか。お金は大事にするものだ。


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― 新着の感想 ―
[一言] 戦前日本は硬貨を作る為としてニッケルを輸入し、 戦争中は鋳潰して使ってたらしいぞ。 作者さんは既に知ってるみたいだが。
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